真弘は何か気に入らないらしく、智紀のことを敵視していた。それは彼自身……いや、自分自身を否定されてるようで居心地がわるい。
胸の奥がチリチリと痛む。これはずっと昔に燃やした、良心の残灰。今さらこんなものを思い出した。
「変な勘違いすんなって。智紀はただの……友達だよ」
そう面と向かって言うのは俺にとってかなりの試練だったけど、何とか言えた。けどそれすらも、真弘は見透かしたような顔で笑い飛ばす。

「ははっ! 前は友達なんか邪魔なだけだって豪語してたくせに。驚いたな。そんなに気に入ったんだ、須賀のこと」
「……っ」

図星で痛いのも確かだが、それよりもしつこい。ちょっとイライラしてきた頃、真弘の目つきが変わった。
悪戯を思いついた子どもみたいな眼で。

「でも本当はお前がゲイだって知ったら、須賀はどんな反応するだろうな。変わらず友達で、一緒にいたいとか言ってくれるかな?」

丁寧に積み上げた何かを、無残に崩されたような気分だった。
不快だ。今すぐ彼の口を塞いでやりたい。
そう思ったのに、塞がれたのは自分の口だった。

「んん……っ!?」

つま先が一瞬宙に浮く。後ろに倒れそうだったけど、背中に回った手が身体を優しく抱き留めた。
その間、とめどない恐怖が募る。割れ物にそっと触れるような熱が唇を掠めて、そして離れた。
これは“キス”じゃない。そんな特別な行為じゃない。恐らく彼にとっては、ぐずる子どもを黙らす為のものだ。意表を突いて、気を引きたいだけ。

今すぐ突き飛ばして怒鳴りたかったけど、迫りくる影が過去の記憶を呼び起こした。

伸ばされる手に、どす黒い影。
いつかの声が聞こえる。

────ねぇ。おいで、夕夏。

「……っ!!」

息が止まった。自分に向けられる視線と言葉、それに上手く飽和する狂気を感じ取って。

─────『楽しいことしよっか』。

そう言って、歪んだ笑みを浮かべる。
「や、だ……っ」
複数の影は絶望の象徴。
“それ”は、忘れた時に現れる。
「……夕夏?」
「いやだ、離せっ!!」
頭が真っ白になり、真弘を手加減なく突き飛ばした。何も考えてなかったせいで俺は壁に背を打ち、真弘は反対側に倒れてしまった。頭を打たなかったのは不幸中の幸いだ。
「わ、わるい……! 大丈夫か!?」
慌てて彼に駆け寄り手を伸ばすけど、どこかから突きつけられる視線に気付いて止まった。