教室を出て、一歩一歩踏みしめるように歩く。
この感覚は久しぶりだ。夕夏は深く息を吸う。
とても足取りが軽い。その理由は何となく分かっていた。あんな風に、誰かと笑って話をするのがすごく懐かしい。気軽に名前を呼んで、呼ばれる関係。以前は当たり前だったことなのに、すっかり忘れていた。
─────こんなに楽しかったんだな。
「……なに笑ってんの? 夕夏」
名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。
前を見ると、よく見知った人物が立っていた。
「真弘……」
同じ生徒会の副会長。しかしいつもと違い、張り付いたような無表情で佇んでいる。
それとは別に焦りを覚えた。自分が、笑ってる。顔に手を当ててみるものの、いまいち分からない。気まずさと格闘ささていると、真弘は静かに近付いて耳元で囁いた。
「ずいぶん楽しそうだったじゃん。たまたま、あの転校生と教室で話してるとこが見えたんだけど……何話してたのか、詳しく教えてよ」
柔らかくも鬱陶しい、蜘蛛の巣に引っ掛かったような感覚だ。
「楽しそうに見えた? 気のせいだよ」
「そうか? じゃあ鏡で自分の顔見てみろよ。まだ笑ってるぞ」
「は? そんなわけ……」
否定するけど、最悪なことに確信もないので顔をそらした。
「てか盗み見すんなよ。悪趣味」
「またまた。悪趣味はあっちの須賀君だろ? あんな大きな声で、お前と一緒にいたいとか叫ぶなんてさ」
聞かれていたのか。
どこから聞いてたのか知らないけど、地味に痛い。というより、面倒くさい。上手い弁解を考えるために腕を組んで、視線を床に落とした。
「ちょっと見ない間にずいぶん熱い仲になったな。あれじゃお前、ゲイが嫌いとか言えないぜ」
無人の廊下だからいいものの、他人に聞かれたら死にたくなるような内容だ。
「俺から見たら、お前らもそういう関係に見えたし」
第一、自分が聞きたくない。
「わかったよ、わかった……。もういいだろ、この話は」
「よくない。とりあえず、あいつ……須賀とはもう関わるな」
忠告じゃない。それはただの“命令”だ。
真弘はたまにこういう所がある。俺以上に自由主義で人付き合いが適当なくせに、変に過保護なとこが。
一年生からの付き合いだけど、これには全く慣れない。むしろ日が経つにつれて、どんどん酷くなってる気がした。