……危なかった。真弘達には絶対気付かれたくなかったから否定したけど。

間違いない。今自分は確実に、“彼”に振り回されている。

「夕夏ー、お願い! この数式まったく分からんから教えて!」

子どものような笑顔を浮かべ、智紀がやってきた。そう、彼がその張本人。中間テストを来週に控え、ノートと教科書を翳している。
「……俺これ昨日教えなかったっけ」
最近の三年生の話題は、もっぱらテストだ。受験を前に、いつも遊んでるクラスメイトも皆血眼になって勉強している。
その中で唯一、こいつだけがニコニコしていた。

「うーん、確かに教えてもらったんだけどね。ゴメン、忘れちゃった……」

あんだけ懇切丁寧に教えてやったのに、このクソ……。でも、しょうがないか。乗りかかった船だし、最後まで見よう。そう思って立ち上がると、智紀の隣に顔を覗かせる奴がいた。

「ねぇ、俺で良かったら見ようか?」

声の主は、クラスメイトの弥栄だった。下の名前は……くそ、おかしいな。知らない。
急に話に割り込んできたことに驚いたけど、それよりも驚いたのは、
「ほんとに!? わー、ありがとう、お願いします!!」
「OK、じゃ今からちょっと残って勉強しよっか」
智紀が、弥栄の声掛けに二つ返事で大喜びしたことだ。弥栄も、智紀の返事を聴いて嬉しそうに自分の席に戻って行った。

何だ? 何かムカつく……けど、俺は何にムカついてるんだ。

「はぁー、なんて良い人なんだろ! 名前、弥栄だよね? 前から喋ってみたかったんだ! イケメンで優しいとか反則だよ!」

智紀はガキみたいにきゃっきゃとはしゃいでる。それがまた、胸のイライラを倍増させた。
「ハッ、騙されんなよ。あんなのどうせ貸しを作っときたいだけだ。俺の方が成績上だし、見返りを求めないって意味でも俺のが勝ってるね」
良くないと思ったけど、口からは嫌味しか出てこない。止まりたくても止まれない、皮肉のアクセルを踏んでしまっている。
当然ながら、それを聴いた智紀は憐れみの目で俺を見てきた。

「……残念だけど、そういう卑屈な考えしてる時点でお前の負けだよ。その証拠に、人望的にも弥栄の方が勝ってるだろ? お前俺以外に友達いないし」

空いた口が塞がらない。心臓をフォークで突き刺されたような感覚だった。
理由はひとつ。彼の言う通り、……図星だからだ。


俺は、友達がいない。