そもそも夕夏は笑うことがない。だから彼を無条件に笑わせてくれるものが必要だ。映画とかもいいけど、それよりも。
「あ、行きたいところ思いついた!」
高らかに挙手する俺を、彼は非常に白けた目で見る。けどそんなのはもう慣れっこなので、堂々と行きたい場所を告げた。
三十分後、俺達が来ていたのは可愛らしい外観のカフェ。
「うわぁ~! やっぱり猫って可愛いなあ!」
大興奮で、足元に来た懐っこい猫を撫でる。今回やってきたのは、ここらで人気の猫カフェだ。って言っても俺は場所を知らなかったから、夕夏に案内してもらった。
身体を動かしてストレス発散するのもいいけど、疲れてる時はやっぱ動物が癒される。今、夕夏に必要なのは“癒し”だ。
誰彼構わず当たり散らしてるのは心が荒んでいるから。可愛い動物と触れて人間らしい気持ちを思い出せば、人にも優しくなれると思う。
気付いたら俺以上に、夕夏は猫に夢中になっていた。
「俺達初めて来たけど、寄ってきてくれる猫が多いな」
「あぁ……」
夕夏は床に膝をついて、もふもふした猫の首を撫でている。こうして見ると、何かこいつも猫っぽい。
「お前、猫好きなんだな。家でも飼えばいいのに」
「無理かな。弟がアレルギーだから」
「お前弟いんのお!? なのにそんな自己ちゅっ……じゃない、アレルギーじゃしょうがないな!」
彼の逆鱗に触れそうなことを言いかけたけど、慌てて軌道修正する。ドキドキしながら反応を窺うと、彼は黙って頷いた。
ははぁ……。
めいっぱい猫を可愛がって満足した後、俺達は店を出た。夕夏はちょっと名残惜しそうで、それが何か可愛いと思った。
「そんな寂しがんなよ、夕夏! テスト終わったらまた来ようぜ。な?」
彼の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。でも何も抵抗せず、彼は成されるままだ。……何か変だな。何だこれ。
しおらしいっていうか、大人しい。それがめちゃくちゃ可愛いんだけど、俺はどうやら静かな夕夏君が苦手みたいだ。
普段が乱暴だから、こっちもそれなりに戦闘態勢で構えてる。なのに急に素直になられると反応に困るし、とっつきにくい。
沈んでいく夕日を横目に、駅へ続く高架下を二人で歩く。
途中、夕夏は自販機でジュースを二本買って、一本を俺にくれた。ありがたくもらって飲んだけど、炭酸だからかすごい辛くて涙が出てしまった。