「おっ! おはよう、須賀!」
「おはよう! 今日の小テストやだなー」
教室に入って交わす、何気ない朝の挨拶。智紀は溌剌として応える。
「七瀬もおはよー」
「……おはよう」
そんな彼と対照的な、必死の作り笑い。クラスメイトに向ける夕夏の笑顔は仮面のようだった。智紀は転校初日しか向けられてない笑顔だ。
「なー夕夏、中間テストってすぐなんだろ? 勉強教えてよ!」
でも見せかけの笑顔を向けられるよりは、顰めっ面の方が良いなんて思ってしまう。
正面から、本当の彼を見ていたい。けど、
「やだね。せっかくだから全教科赤点とって補習でも受けてろ」
夕夏は他のクラスメイトに聞こえないようにボソッと呟く。相変わらず性格というか、意地が悪い。
「だって、俺はこの学校のテスト初めてだし、進み具合もまだ完全に解ってないし。わりと真剣に教えてほしいんだよ」
手を合わせて頼み込むと、夕夏ではない他の誰かの声が飛び込んできた。
「それはその通りだな。七瀬、須賀君に勉強教えてやんな。どうせもう大体の範囲はわかってんだろ?」
「先生……っ」
いつから話を聞いていたのか、気付けば二人の真後ろに担任の笠置が立っていた。
「なっ? 須賀君はもう同じクラスの仲間だろ。もし大変だったら、他の誰かにも頼んで皆で勉強会とか」
「ははは、まさか。大変なんてこと……俺ひとりでじゅーぶんですが」
「おー、さすが頼もしいな。じゃあ須賀君をよろしくたのむぞ!」
先生は夕夏の言葉を聴くと、ゴキゲンで教卓の方へ行ってしまった。
「別に、他の誰かに頼んでも良かったんじゃね? どしたの?」
「他人の手を借りるなんて冗談じゃないね。心配しなくても俺に不可能なことはない……任せとけ」
そう言う夕夏の顔は、半ギレな気もしなくはなかったが、とりあえず自信に満ちていた。
さっきはあれだけ教えるのが嫌そうだったくせに……なんなんだ、こいつは……。
「それにお前、幸い馬鹿じゃないんだろ。俺の言う通りにしたら満点だよ」
「え? どうだろ、馬鹿じゃないと思いたいけど」
智紀は頭を掻きながら笑った。そんな様子の彼を見て、夕夏はため息混じりに席につく。
「放課後、教えてやるから一時間で理解しろよ」
「一時間。微妙だけど、了解……っ」
不本意なんだろうけど……頼まれたら断れないのか、夕夏は真面目にやる気でいた。