放課後のホームルームが終わって、ほとんどの生徒が家や部活に向かう中……智紀は真っ先に七瀬の座る席へ向かった。
「七瀬、ノートありがと! ほんとに助かったよ」
結局頭を下げて差し出すと、彼は無言でノートを受け取った。それでも構わない。純粋に、彼の気遣いが嬉しかった。
やっぱり何だかんだ言っても、根は良い奴かもな。
乱暴で陰険で根暗でドS野郎なのは確かだけど。俺はまだ彼のことを何も知らないから、そういうところが目立って見えてるだけだ。
心を開いてくれたら、それなりに仲良くなれる気がする。希望はある!

「お前って本当に頭いいんだな。今度勉強教えてよ!」
「断る」

彼は鞄を取ると、席を立って教室を出て行こうとした。ツンツン度は変わらないけど、俺も自分の鞄を取って、彼のあとを追った。

ちょっとだけ低い背丈。だから横顔もよく見える。鼻が高いせいか、正面から見るよりも凛々しく感じる。
お互い無言で廊下を歩きながら、靴音だけ耳を澄ましていた。俺はもう、七瀬を観察することに全神経を注いでいる。
何か、彼はちょっと触れたら壊れてしまいそうだ。
男相手にこんな心配をするのはおかしいと思う。でも、どうしても気になってしまう。ある違和感が俺を支配するんだ。
彼はもしかしたら────わざと周りに嫌われようとしてる。

「ひとりが好きなんて嘘だろ?」

だからなのか、そんな問い掛けをしてしまった。案の定、彼は驚きに満ちた顔で否定してきた。
「転校したばっかで疲れてんなら病院紹介してやろうか」
「けっこうです。……でも、そう見えるよ。何か悪口みたいになっちゃうけど、お前ってそこまで強そうに見えないもん。誰かといる方がしっくりくるっていうか。俺も、見てて安心する」
「はぁ? 何で俺がひとりだと安心できないんだよ」
七瀬は急に立ち止まると、智紀の肩を押して壁に手をついた。
周りに生徒はひとりもいない。音も光も、一直線に伸びる空間に吸い込まれてしまいそうだった。
おぉ。
ちょっとドキドキしてる自分がいる。開けてはいけない扉を開けてしまった気がした。

それに今訊かれた……、彼を気にしてしまう本当の理由も分からなくて、言葉に詰まった。