校舎内の廊下は、窓から差し込む橙の色に染まっている。
七瀬はひとり職員室に来て、ため息を飲み込んだ。

「笠置先生。生徒会室の鍵、返しに来ました」
「あぁ、ありがとう」

七瀬は職員室のすぐ入口にいた、担任の笠置に鍵を手渡した。彼は笑顔で鍵を受け取ったが、すぐに持って行こうとしない。その場に留まり、キーホルダーを指にくぐらせてクルクル回した。
「そうだ。今日転校してきた須賀君とはもう話した?」
「え? あぁ、まぁ……少し」
少々歯切れ悪く、しかし笑顔は崩さずに七瀬は質問に答えた。

「そうか。まだ慣れないだろうし、ちょっと気にかけてやれよ。彼、前の学校でもかなり成績良かったみたいだし、真面目みたいだから。お前と気が合うんじゃないかな」
「気っ……わ、わかりました」
「後、もし乗り気だったら入部も薦めてやってくれないか? 前の学校じゃサッカー部のエースだったらしいんだ」
「わかりました。今度声掛けてみます」
「はは、サンキュー。やっぱり七瀬は頼りになるなぁ。じゃ、よろしく!」

軽く手を振る担任に会釈して、七瀬は職員室を出た。そして怪訝な面持ちで肩を竦める。

「頭良いんだ。……馬鹿っぽいのに」

ボソッと呟いた。本音だ。でもこの学校に編入してくるぐらいだから、学力は間違いなくある。か……。

それより面倒なこと頼まれたと、軽く臍を噛む。
厄介事ばかりだ。生徒会長の立場が本当の意味で役に立ったことなんてあっただろうか。
多分、ない。内申点に足されるまでは何の恩恵も感じられない。皆がやりたがらない仕事を振り分けられ、他の生徒から陰口を叩かれるだけ。

七瀬は軽く首を横に振ってため息をつく。そして今日転校してきた、あの忙しい少年を思い出した。
夕焼けの廊下を眺めながら、胸元を押さえた。

正直絡みたくないんだよな。ああいう単純で、……素直な奴。