「噓だろ、そんな放置したつもりじゃないのにな…」
レミニセンスさんがぶつぶつと独り言を言いながら、本をまた積み重ねていると、何かを思い出したようにこちらを向き、目が合う。

「そう言えば、アンビバレントって男なの?女なの?」

 あまりにも直球すぎて少し戸惑った。だが、なぜそんなことを聞くんだろう。私は短い髪に、パーカー。それに、服装だけなら分かりにくいかもしれないが、顔も見れば誰だって私は男だということが分かるだろう。

「私は見ての通り、男ですが」

 それを聞くとレミニセンスさんは納得したような、どこか腑に落ちないような顔をして、
「そっか。ならいいんだ」
と、言ってそれから沈黙が続いた。

 なんでそんなことを聞くんだろう。関係がありそうなことは無いかと、今まで受けて来た授業や、見てきたニュースを(さかのぼ)ってみる。

「このクラスには居ませんけど、優しくしてあげるんですよ」

 先生の芯があって強い声が再生されたと同時に、スイッチが押されたみたいに芋づる式にどんどん思い出してきた。
 「LGBT」意識したことなんてなかったけど、たしかにここに深く関わっていることに気が付く。

 ここは、心の状態が身の回りに現れる街。つまり、自分の体の性別と心の性別が違うと、体が変化していくということなのだろう。
 その人にとって、体の性別が変わるというのは幸せなことなのだろうか。

 そんな事を考えていると、ドアがガチャッと乱暴に開く音が聞こえてくる。
 レミニセンスさんはどこか面倒くさそうに玄関に向かっていく。私も後について行き、玄関の近くにある角に隠れて様子を伺うことにした。

「よっ、レミニセンス。」

 そこには風のような爽やかな声のきれいな女性がいた。

 その人がキョロキョロと顔を動かすと、私と目が合い、その人はにっこりと笑いながら、
「初めまして。わたしの名前はリアクタンス。気軽に『リア』って呼んで。」
と変わらず爽やかな声で言った。

 昨日あの家で目を覚ましたときの大人たちの中にはいなかったような気がするが、何か事情がある人なのだろうか。

「ここでずっと話してちゃ何も出来ないから、取り敢えずあがっ...」
「おじゃましまーす」

 レミニセンスさんが言い終わる前に、靴は小さく宙を舞い、リアクタンスさんは前に進もうとしていた。

「いい歳になっても、相変わらず落ち着くってこと知らないよね、リアクタンスは」
「積極的ってことだね。ありがとう」

 レミニセンスさんが少し嫌みっぽく言ったことを笑顔でかわし、リアクタンスさんは軽い足取りで部屋へと進んでいった。