私とレミニセンスさんはさっきまでいた建物を出て歩いていた。
 空を見上げると空はすっかり夕日に染まっている。

 歩いてきた道を振り返ると、小さな家がいくつかあって、その小さな家と家を小さな通路がつないでいて蟻の巣のような建物があった。
 さっきまであの小さな家のどれかに私はいたのだろうか。

 そんなことを考えているとき、ふいに肩を叩かれた。
 私はハッとして前を見ると、家庭科の教科書で見たことがある、スイスを思わせる建物があった。

「あそこが僕の家兼病院だ」

 病院といってもかなり小さく、あそこに居住スペースも入っているとなると病院として使っている場所は建物の半分くらいだろうか。

「正面玄関じゃなくて裏口から入ってきて。今ちょっと散らかってて…」

 そう言うとレミニセンスさんは小走りで病院の方へと向かっていった。
 辺りはもう暗くなり始めている。
 きっと向こうでは一人で今の時間は歩かせてくれないだろう。

 暗闇からぽうっと明かりがつき、また一つ、また一つとついていった。
 この辺りに住んでいる人のものだろう。
 温かな光が暗闇の中で漂っているような幻想的な風景が浮かぶ。

 病院についたが、思った通り小さかった。
 伝染病とかが流行った時はどうするつもりなのだろう?

 裏口に回ろうと思い、病院の横を通ろうとしたら草が生い茂っていた。
 レミニセンスさんはいつもここを通っているのだろうか。だとしたら毎回通るのが嫌になっていそうだ。
 何とか生い茂る草をかいくぐり裏口の明かりが見えたので覗いて見たが、レミニセンスさんは家の中に散らばっているゴミや本と格闘していた。

 頭のいい人は部屋が散らかっているとどこかで聞いたことがあるのだが、本当のような気がする。

 レミニセンスさんは私に気づいて、
「あれっ、もう来たの…おかしいなアンビバレントがつく頃には片付いてたはずなのに…」
と苦笑いした。
 なんだか、ここでうまくやっていけそうな気がする。

 レミニセンスさんは白衣をはたき、
「まぁ、とりあえずアンビバレントの寝る場所は確保できたから」

 まさかレミニセンスさん、普通に横になって寝ていないのか?
「そうだ、軽食しかないけど何か食べるかい?」
 レミニセンスさんはそう言って戸棚を漁り始めた。

「いえ、大丈夫です。私、もう眠いので寝ますね」
気づいたら口が動いていた。
「え、でもなんか食べた方がいいんじゃ」
心配されてしまった。なんだか申し訳ない。
「いいえ、食欲もないので。おやすみなさい」
半ば強引に私はそう言い、周りに物がたくさん置かれたベット(きっと上にあった物を下に置いただけなのだろう)に入り、眠ろうと目を閉じた。
 だが、どうしても目が覚めてしまった。
さっき無理に遠慮せずに何か食べた方が良かっただろうか。
いや、でもこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、まあ、仕方ない。
......
ここでうまくやって行けるだろうか。
 向こうからここに逃げてきたのは自分が勝手にミスをして、それに耐えきれなくなっただけだ。
 それに、家族が心配しているかもしれない。私のことを今、必死で探しているかもしれない。
 色々な角度から不安が押し寄せる。
 せっかくここに来たのに、居場所がなかったらどうしよう。
 「甘えだ」と、「ここに来なくても良かった」と拒絶されたらどうしよう。

 いや、別のことを考えよう。もっといいこと...
 辺りを見渡すが、あるのは暗闇だけ。
 どこまでも広がるその暗闇には私の気を逸らせてくれるようなものは何一つ無かった。
 頭の中にうっすらとしかなかったはずの声が次第に大きくなって来る。
「甘えだ」
「くだらない」
「心配して損した」
声は休む暇なく私を責める。
頭の中でしか聞こえないその声はガンガンと響く。
「助けて」
誰も聞こえない声か、そもそもちゃんと言えているのかもわからないが、そう言おうとした。
 その後も寝ては起き、寝ては起きを繰り返した。
 星も見えない夜。
 星にまでも、見放された夜。