トランスパレントさんはすっと立つと、逃がすまいと言わんばかりにレミニセンスさんに素早く目線を回し、
「レミニセンス、後は任せたぞ」
と言うと、レミニセンスさんは目線をどこかにやって、
「えっえっと…あぁ、うん、わかった」
と言ったが、本当にわかっているのだろうか。

 トランスパレントさんは、はぁっとため息をした。
「お前がここに迷い込んだ子供をまず預かるって自分で言ってただろ」
 きっと鷹の目もこのぐらい鋭いのだろう。場の空気がチクッとする。

 そう言うとレミニセンスさんはわざとらしく、
「そうだった、そうだった。今日は僕のところで泊まってくれないか?えっと、名前はなんて言うんだい?」

 そう言って私を見た。どうしよう。
 もし、名前がわからないと言ったら?
 そんなのは決まっている。嘘だと笑い飛ばされるか距離を置かれて孤立する。

 だが、きっとこの人達は私を受け入れる気だ。
きっと名前がわからないだけなら受け入れてくれるはず。

 でも、受け入れてくれなかったら?
 これは人生で一回起きるか起きないかのチャンスだ。
 もしここに拒絶されたら?きっと森の中で一人寂しく野垂れ死ぬだろう。

 冷や汗が出る。手が震え始める。
 大人達は不思議そうに私を覗き込む。
「ア、アンビバレント...です」
気づいたら自分も知らない名前を言っていた。

 何も知らないレミニセンスさんはふっと微笑み、
「アンビバレント、ようこそこ街へ」
と言った。

 私は今、アンビバレントとして認められた。
 名前の無かった私は、アンビバレントとして今この瞬間、生まれ変わった。そして、私はアンビバレントとして、これから生きていかなければなくなった。