言葉と心が人と共に生きる街。何だか逃げてきたところと似ているような気がする。
 ここは私にとって安全な場所なのだろうか。
「簡単に説明すると、心の状態がここでは身の回りに現れる。ほら、君の服がぼろぼろになっているだろ?服はその人のイメージを示すものだ。それだけ君のイメージは傷ついたということだろう。」
 服を見てみると、さっきまでとは全く違う服を着ているのかと思ってしまうくらい服は汚れ、傷ついていた。これだけ向こうで私のイメージは崩れてしまったのか。あのミスさえ犯さなければ…
「ここの街では言葉を集めて糸のようにすることができる。それを僕たちは『言の葉』と呼んでいる。『言の葉』を織って作ったものを向こうの世界でいう『物語』と言うんだ。向こうの世界の物語はすべてうちで作られている。『言の葉』がこの街の経済を支えている。あと、衣服なんかも作れたりするね。」
 レミニセンスさんが着ている白衣を見てみると、ただ単に白色というわけではなく、深みのある色だった。これが『言の葉』なのだろうか。
「ここで生きていくには自分に割り振られた言葉で自分を表さなければいけないんだ。」
そう言うとレミニセンスさんは大人がいる方に手招きをした。
 するとキャリーバッグを持った白髪交じりの老人が出てきて、私の前に椅子を出して座り、キャリーバッグの中で道具を出そうと探していた。
「彼はこの街にいる指折りの言葉の鑑定士だよ。」
 言葉の鑑定士。いったいどうやって言葉を鑑定するのだろう。
「トランスパレントだ。そこでじっとしててくれ。」
 トランスパレントさんは分厚い本とルーペのようなものを出すと、
「手、出してみ。」
そう言われたので手をトランスパレントさんの方に差し出すとトランスパレントさんは指と本を交互に見ては本をめくり出した。
 たまにトランスパレントさんは、
「人差し指は...空虚...中指は...偶像...薬指は...責任...小指は...失望...親指は...自由...」
何のことかよくわからなかった。
 トランスパレントさんは混乱している私を見て、こう説明してくれた。
「人は様々な言葉と触れ合って成長している。特に影響を受けやすいのは手の指先だ。それを人はさらに無意識にその感じ取った言葉を指に振り分けるんだ。例えば、人差し指は他人に本当に伝えたいこと。お前の場合は空虚だな。」
 空虚。
 なぜ、私は空虚を伝えたいと思っているのだろう。私は周りが思っているよりもちっぽけで、空虚だと伝えたいのだろうか。
「そして中指は自分が周りに対して思っていること。」
 偶像。そうトランスパレントさんが言っているのを思い出した。
 周りは私のことを偶像のような期待に応えてくれる存在だと思っている。と私は思っている。
だからあんなに期待され、責任を背負わされた...
「薬指は自分が重要だと思っていること。」
 責任。確かに責任ばかり背負ってきた自分が重要だと無意識に思うのも納得できた。
「小指は周りが自分に対して思っていること。」
 失望。きっとあのミスのことだろう。なんであんなミスを犯してしまったのだろう...
「最後に、親指だ。親指は自分が最も必要としていることだ。」
 自由。自分は「紳士」という型に囚われずに「自分」という自由な形を欲しているのだろうか。
「これらの言葉を合わせてできた『言の葉』を見て自分の表す自分を決めて自分を表す。それがこの街の掟だ。」
 私は「自分」を表すことができるのだろうか。
 周りに望まれた姿しかなれなかった私が。