貴方に捧ぐ言葉たち

 手の中には何もなかった。手の中に広がる透明な空気が冷たく感じる。

 嘘だ。

 きっと、何回もやればできるはず。テスト勉強と同じはず。

(自分の中にあるものを出す、自分の中にあるものを出す、自分の中にある...)

 そう考えるにつれ、手はこわばり、自分の中にあるものは内蔵の方に引っ張られるような感覚さえしてくる。

 レミニセンスさんはただ私の手の中に広がっている空を見つめている。

「まじかぁ…」

 独り言のつもりで言ったのだろうが、近すぎて聞こえてしまっていた。どうしよう。

「すみません」

 とりあえず謝ったほうがいい。そうしたら何とかなるはず。

「いや、大丈夫だよ。練習すれば上手くなるし、リアクタンスは結構特殊なほうだから」

 一人教室でいる時に名前と顔しか知らない人に話しかけられたときのような、安心感がにじむ。でもそれは、自分の中にあるほんの一部だけが満たされるだけだった。

「うんーと、じゃあね、ちょっと待って…」

 レミニセンスさんは地図を眺めながら考え込んでしまう。

 何となく申し訳なくなって、視界の右の方を見つめるようにした。
 もし私に、体力があったら、言の葉を作れたら、こんな空気にはならなかったのに。

「案内人とか…どうだろう?」

 生徒会なんかの会議中、何も案が出ない中、とりあえずそれっぽいものを出した。そんな感じの声色でレミニセンスさんはぽつりとと言った。

「ありがとうございます。すみません」

 謝るよりも「ありがとう」を伝えた方がいいとわかっているのに、「すみません」は喉に染み付きすぎて謝ってしまう。

「いいよ、いいよ。みんな悩むし」

 レミニセンスさんは静かに笑った。その笑みは、お日様というよりも、花のような落ち着きがある。

「じゃあ、アンビバレントは『案内人』でいい?」
「はい」

 私は正真正銘この街の住民の一人になるのか。