気付いた時から私は「紳士」だった。
相手のことを第一に考え、期待にこたえ続ける。
 ただ、どうしてもわからないことが、どうしても周りの期待通りにならないことがあった。
「なぁ、繝斐げ繝槭Μ繧ェ繝ウ、頼みたいことがあるんだが。」
いつからかはわからないが、自分の名前が分からなくなった。
だいぶ前に、周りから、
「優しいね。」
「すごく頑張ってるね。」
といわれ始めたあたりだったのが自分の名前が分からなくなって数年経って分かった。だけだった。
自分の名前が分からないことを誰にも言えないまま、周りの人は言った。
「繝斐げ繝槭Μ繧ェ繝ウはいつも優しいね。」
人に嫌われて孤立するのが嫌なだけだ。
「繝斐げ繝槭Μ繧ェ繝ウが今回も成績トップだ。いつもすごいな。」
人一倍利口なだけだ。
「繝斐げ繝槭Μ繧ェ繝ウは強い子だから泣かないもんね?」
泣かせてくれ。
いつの間にか私の周りには悩みを打ち明けられる人が減っていくのと同時に、期待や責任を私に押し付ける人は増えていった。
 そんな時、私は重大なミスを犯した。
普段は絶対にしないようなミスだった。
「大丈夫、大丈夫。次頑張れば大丈夫だから。」
脳内に再生される。
「大丈夫、大丈夫。お前は今回の件にはもう首突っ込まなくていいから。次はもう同じミスをするなよ。」
そう聞こえた。大げさだと思いたいが、そうやって頭の中に繰り返し再生される。
頭の中に嫌なくらい繰り返された言葉は慰めや励ましではなく、私を責める刃物のようなものだった。
 私は怖くなった。悪気はないはずの言葉達にこれまで味わったことのないくらいの重圧を感じた。
気づいたら逃げていた。走って、走って、走って。逃げていた。
もう誰の声も聞こえないくらいに。