まさか同じ病院で、同い年で、同じく記憶を失っている子に出会えるなんて思ってもいなかった。
端から見たら記憶喪失なんて分からないんだな、と少し安心した。
「俺は藤間 晴人。この近くの高校に通ってるらしいんだけど、まぁ当然、記憶を失ってるから分からないんだよな」
「そう、なんだ……。私も、自分のことも、家族のことも思い出せないの」
「俺も同じ」
何だかあまり話が弾まない。――藤間くんは私と同じように、初対面の人と話すのが苦手なのかな。
藤間くんは空を見上げながら、呟いた。
「俺、早く記憶を取り戻したいんだ」
「……え?」
「早く記憶を取り戻して、学校に復帰したい。家族のことも、自分のことも思い出したい。綾瀬はそうじゃないの?」
私はその返答に迷ってしまった。
藤間くんの真剣な気持ちがとても伝わってくる。何もかも記憶を取り戻して、記憶を失う前の生活に戻りたいんだろう。
でも、私は正直――。
「こわいの」
「え?」
「記憶が戻るのが、怖い。どうしてか分からないんだけどね、私の心が、戻ってほしくないって叫んでる気がするの。記憶がなくなったままの私でいてほしい、って」
私は記憶を取り戻したくないと思っている。
きっとこれは、記憶を失う前の私からのメッセージだ。
「でも本当にそれでいいの?」
「……っ」
「前の綾瀬は、幸せな毎日を過ごしてたかもしれないだろ? それに、忘れられたご家族も、友達も、綾瀬自身もかわいそうだ」
そう言われたら、私は何も言い返せなくなった。
藤間くんの言う通りだったから。
「記憶を失う前、私は何があったんだろう……」
「じゃあ、見つけてみようよ」
「……見つ、ける?」
「あぁ。二人で、お互いの記憶を取り戻してみよう。新しいスタートだと思ってさ」
もちろん、私は怖かった。自分の前の記憶を取り戻すのが。
でもこの人と一緒なら。――藤間くんと一緒なら、どうしてか分からないけれど、きっと大丈夫だと思えたんだ。
私は力強く頷いた。
「うん、記憶、見つけてみる」
「よし、改めてよろしく、綾瀬」
「よろしくね、藤間くん」
私は、ううん、私達は、記憶を取り戻すことを決心した。
「まずはどこの高校に通ってるかだよなー」
「うん、そうだね」
「綾瀬は聞いてないの?」
「聞いてないかな。親と会話したんだけど、何だか本当の親って思えなくて。ちょっと怖くなっちゃったんだ」
それにあの両親の笑顔を見ると、なぜか肩が震えてしまった。どうしてかは分からないけれど。
藤間くんはうんうん、と頷きながら「俺も何となく分かる」と答えた。
「そういえば藤間くんはどうして自分が記憶喪失になっているか聞いているの?」
「あぁ、何か、電車のホームに足を滑らせて転落しちゃったみたいなんだ。それで間一髪電車に轢かれずには済んだけど、頭を打っちゃって」
「そう、なんだ」
藤間くんは親から色々聞いているんだ。なのに私は自分のことを何も知らない。
早く思い出さないと、って考えると胸がぎゅっと苦しくなった。
「私は聞いたけど……まだ教えてくれなかったの」
「まだって?」
「まだ知らなくていいって言われちゃったの。でも私のことを考えて言ってくれてるのかなと思うと、喉に言葉が詰まっちゃって……」
私が思い出すと、つらい思いをしてしまうかもしれないから。
きっとそう考えて、お母さんたちは私に言わないでいようと思ったんじゃないかな。
「そっか。でも、もし記憶を取り戻したら、いつかは事実を知ることになる。だから知りたいと思っているなら、やっぱり聞くべきなんじゃないかな」
「……うん、そうだよね」
「きっと勇気がいると思うけど、両親に本音を伝えることは大切だよ」
藤間くんに私の心の気持ちを代弁してもらったようで、何だか自分が恥ずかしくなる。
お母さんたちに気持ちを伝えないと、と改めて思う。
「綾瀬はいつまでこの病院に入院してるの?」
「えっと、一週間かな」
「本当に! 俺もそう。俺たち似た者同士だなぁ、綾瀬がいてくれて良かった」
そんな台詞を照れずにサラッと言う藤間くん。
――そんなこと言われたら、言われた私のほうが照れちゃうよ。
なんて気持ちを心に閉まった。
「じゃあ私がどこの高校に通っていたか、後でお母さんたちに聞いてみるね。教えてくれるといいんだけど」
「大丈夫、だって自分の両親だろ? 娘のことは大切に思っているに違いないって」
「……うん、そうだね。色々とありがとう、藤間くん」
私がそう言うと、藤間くんは「礼なんていらないから」と答えた。
少し藤間くんの頬が赤く染まって見えたのは、きつね色の空が広がる夕焼けがとても美しいからだろうか。
端から見たら記憶喪失なんて分からないんだな、と少し安心した。
「俺は藤間 晴人。この近くの高校に通ってるらしいんだけど、まぁ当然、記憶を失ってるから分からないんだよな」
「そう、なんだ……。私も、自分のことも、家族のことも思い出せないの」
「俺も同じ」
何だかあまり話が弾まない。――藤間くんは私と同じように、初対面の人と話すのが苦手なのかな。
藤間くんは空を見上げながら、呟いた。
「俺、早く記憶を取り戻したいんだ」
「……え?」
「早く記憶を取り戻して、学校に復帰したい。家族のことも、自分のことも思い出したい。綾瀬はそうじゃないの?」
私はその返答に迷ってしまった。
藤間くんの真剣な気持ちがとても伝わってくる。何もかも記憶を取り戻して、記憶を失う前の生活に戻りたいんだろう。
でも、私は正直――。
「こわいの」
「え?」
「記憶が戻るのが、怖い。どうしてか分からないんだけどね、私の心が、戻ってほしくないって叫んでる気がするの。記憶がなくなったままの私でいてほしい、って」
私は記憶を取り戻したくないと思っている。
きっとこれは、記憶を失う前の私からのメッセージだ。
「でも本当にそれでいいの?」
「……っ」
「前の綾瀬は、幸せな毎日を過ごしてたかもしれないだろ? それに、忘れられたご家族も、友達も、綾瀬自身もかわいそうだ」
そう言われたら、私は何も言い返せなくなった。
藤間くんの言う通りだったから。
「記憶を失う前、私は何があったんだろう……」
「じゃあ、見つけてみようよ」
「……見つ、ける?」
「あぁ。二人で、お互いの記憶を取り戻してみよう。新しいスタートだと思ってさ」
もちろん、私は怖かった。自分の前の記憶を取り戻すのが。
でもこの人と一緒なら。――藤間くんと一緒なら、どうしてか分からないけれど、きっと大丈夫だと思えたんだ。
私は力強く頷いた。
「うん、記憶、見つけてみる」
「よし、改めてよろしく、綾瀬」
「よろしくね、藤間くん」
私は、ううん、私達は、記憶を取り戻すことを決心した。
「まずはどこの高校に通ってるかだよなー」
「うん、そうだね」
「綾瀬は聞いてないの?」
「聞いてないかな。親と会話したんだけど、何だか本当の親って思えなくて。ちょっと怖くなっちゃったんだ」
それにあの両親の笑顔を見ると、なぜか肩が震えてしまった。どうしてかは分からないけれど。
藤間くんはうんうん、と頷きながら「俺も何となく分かる」と答えた。
「そういえば藤間くんはどうして自分が記憶喪失になっているか聞いているの?」
「あぁ、何か、電車のホームに足を滑らせて転落しちゃったみたいなんだ。それで間一髪電車に轢かれずには済んだけど、頭を打っちゃって」
「そう、なんだ」
藤間くんは親から色々聞いているんだ。なのに私は自分のことを何も知らない。
早く思い出さないと、って考えると胸がぎゅっと苦しくなった。
「私は聞いたけど……まだ教えてくれなかったの」
「まだって?」
「まだ知らなくていいって言われちゃったの。でも私のことを考えて言ってくれてるのかなと思うと、喉に言葉が詰まっちゃって……」
私が思い出すと、つらい思いをしてしまうかもしれないから。
きっとそう考えて、お母さんたちは私に言わないでいようと思ったんじゃないかな。
「そっか。でも、もし記憶を取り戻したら、いつかは事実を知ることになる。だから知りたいと思っているなら、やっぱり聞くべきなんじゃないかな」
「……うん、そうだよね」
「きっと勇気がいると思うけど、両親に本音を伝えることは大切だよ」
藤間くんに私の心の気持ちを代弁してもらったようで、何だか自分が恥ずかしくなる。
お母さんたちに気持ちを伝えないと、と改めて思う。
「綾瀬はいつまでこの病院に入院してるの?」
「えっと、一週間かな」
「本当に! 俺もそう。俺たち似た者同士だなぁ、綾瀬がいてくれて良かった」
そんな台詞を照れずにサラッと言う藤間くん。
――そんなこと言われたら、言われた私のほうが照れちゃうよ。
なんて気持ちを心に閉まった。
「じゃあ私がどこの高校に通っていたか、後でお母さんたちに聞いてみるね。教えてくれるといいんだけど」
「大丈夫、だって自分の両親だろ? 娘のことは大切に思っているに違いないって」
「……うん、そうだね。色々とありがとう、藤間くん」
私がそう言うと、藤間くんは「礼なんていらないから」と答えた。
少し藤間くんの頬が赤く染まって見えたのは、きつね色の空が広がる夕焼けがとても美しいからだろうか。