夏休みが終わると、もう九月で肌寒い季節になるかな、なんて思っていたけれど。
期待は大外れ。最近は年々暑さが増していて、九月や十月前半は夏のように気温が高く、制服は半袖のものを着るくらいだった。
こんなに暑くて、夏休み明けの学校なんて行きたくないと思ってしまう。
結局、夏休みは藤間くんとデートすることができなかった。藤間くんもお父さんのことで落ち込んでいたし、何だか誘える雰囲気ではないと思ったから。
でも冬休みもあるし、クリスマスもあるし。きっとデートする機会はあるだろうと考えていた。
「おはよう、藤間くん」
「おはよ、久しぶり。暑いなー、夏休み明けの学校だるいし」
「うん、私も同じこと考えてた。ネクタイだし、パンツだし、藤間くんのほうが暑そうだね」
「まぁ、確かにな。早く冬が来ないかなー」
こうやって、ほぼ毎日一緒に登下校することにした。たまに私は雪花ちゃんや風穂ちゃんと下校することもあるけれど。
私も藤間くんも部活には入っていなくて、今はこれから入る気もなかった。
私は運動も音楽も、何も得意なものがないし。藤間くんは運動が得意みたいだからもったいないなぁ、と思ってしまう。
「藤間くんは部活入るとしたらなに?」
「んー、中学のときはバスケだったらしいからバスケかな。急にどうした?」
「ううん、聞いてみたかっただけ。バスケか、かっこいいね」
どうしてやめてしまったのかは、聞かなかった。ううん、聞けなかったのだ。何だか藤間くんの表情が、少し暗かった気がするから。
でも彼氏が運動部で、彼女が応援に行く、みたいなのは憧れていた。恋人が試合に勝ったら、どれだけ嬉しいんだろう……。
「なに、綾瀬、俺のバスケ姿見たい?」
「う、うん、まぁ気になるけど」
「俺記憶失ってるから、バスケのやり方分かんないや。もしかしたら体が覚えてるかもしれないけど」
「だ、大丈夫だよ、そんな無理に!」
確かにバスケをしている藤間くんの姿を想像したら、かっこいいと思う。
私はバスケのルールなんて分からないけれど。お疲れ様、なんて言ってタオルを渡したりして……。
――って、妄想ばかりしている私って、もしかして変態?
「そういう綾瀬は? なんの部活だったの」
「私? 私は帰宅部だったみたい」
「へぇ、なんで? 美術部とか吹奏楽部とか、そういうの入ってるイメージだった」
「……すいませんね、運動はできなくて。帰宅部だった理由は分からない。特にやりたいものがなかったからじゃないかな」
勉強に専念して、いい高校に入ったんだし。きっとやりたいことが見つからなかったんだ。
私のやりたいことってなんだろう。二年生に進級したら、きっと将来を考えていかなければならない時期だ。……私にやりたい夢なんて見つかるのかな。
ふと、どこまでも続く遠い空を見上げる。空を見れば、何だか『きっとどうにかなる』って気持ちになれる。
小さい頃は、空に浮かぶ雲がわたあめに見えて、食べれると思ってたなぁ。
――あれ? 今、私、記憶が?
「綾瀬、どうした?」
「……今、少しだけ、小さいことだけど記憶を思い出したの」
「なに、どんなこと?」
「子どもの頃、雲をわたあめだと思ってて、食べたいなぁって考えてたこと……」
そう言うと、藤間くんは可笑しそうに笑った。
――みんな、子どもの頃、雲を食べたいと思ったこと一度はあるんじゃない?
そんなに馬鹿にされるとは思ってなくて、私は藤間くんのことを軽く叩いた。
「いてっ! 悪かったって」
「もう、藤間くんは本当いたずらっ子だよね。私の子どもの頃より子どもみたい」
「いや、それはないね」
「ある!」
「ない!」
藤間くんと話していると、自然と笑顔になれるのは魔法だろうか。“恋”という魔法の力だよね。
そんな他愛もない話をしながら教室へ入ると、しーんと静まり返った。
クラスのみんな、私と藤間くんが一緒に登校してきたから驚いているんだ。
「みんな、おはよう。いきなりなんだけどさ、俺と綾瀬、付き合ってるから」
「えっ!? 綾瀬さんと藤間さんが!?」
「お、おめでとうございます!」
「だから、綾瀬には手出すなよ」
まさかクラスメイトに紹介されると思ってなくて、私はすごく恥ずかしくなってしまった。
だけどみんな祝福してくれて、何故かクラッカーを持っていた男子がお祝いしてくれた。もちろん、担任には怒られたけど。
机や椅子を移動して、みんなでクラッカーのゴミをほうきで片付ける。そんなことでさえ、かけがえのない時間だと思った。――青春だなって、感じた。
「あっ、真田さん、おはようございますっ」
「……何の騒ぎ?」
そんなとき、真田さんが登校してきた。
私は藤間くんと付き合ったことになんて言われるか不安だったけれど、藤間くんは真田さんに私とのことを告白した。
「俺、綾瀬と付き合ってるんだ。だから、綾瀬を怖がらせるのはやめてほしい」
「……え? がちなの?」
「本当だよ。じゃあ、それを言いたかっただけだから」
真田さんは訳が分からないと言った顔で、震えていた。
――ちょっとだけだけど、かわいそうだなって思う。
真田さんは藤間くんのことを、前々から好きだったんだろう。それなのに私と付き合ってしまったから、悲しくてたまらないんだと思う。
でも私は、負ける気がない。藤間くんへの気持ちは真田さんには負けていない。だから胸を張って言える。
「真田さん、私、藤間くんのことが好きだよ」
「……は?」
「だから、ごめんなさい。真田さんには、譲れないです」
頭を下げて、私は自分の席に戻った。だけど、真田さんは私を睨み続けていた。
その視線が釘のようで私の心はとてつもなく痛かったけれど、藤間くんが守ってくれるから大丈夫だ、と安心できた。
期待は大外れ。最近は年々暑さが増していて、九月や十月前半は夏のように気温が高く、制服は半袖のものを着るくらいだった。
こんなに暑くて、夏休み明けの学校なんて行きたくないと思ってしまう。
結局、夏休みは藤間くんとデートすることができなかった。藤間くんもお父さんのことで落ち込んでいたし、何だか誘える雰囲気ではないと思ったから。
でも冬休みもあるし、クリスマスもあるし。きっとデートする機会はあるだろうと考えていた。
「おはよう、藤間くん」
「おはよ、久しぶり。暑いなー、夏休み明けの学校だるいし」
「うん、私も同じこと考えてた。ネクタイだし、パンツだし、藤間くんのほうが暑そうだね」
「まぁ、確かにな。早く冬が来ないかなー」
こうやって、ほぼ毎日一緒に登下校することにした。たまに私は雪花ちゃんや風穂ちゃんと下校することもあるけれど。
私も藤間くんも部活には入っていなくて、今はこれから入る気もなかった。
私は運動も音楽も、何も得意なものがないし。藤間くんは運動が得意みたいだからもったいないなぁ、と思ってしまう。
「藤間くんは部活入るとしたらなに?」
「んー、中学のときはバスケだったらしいからバスケかな。急にどうした?」
「ううん、聞いてみたかっただけ。バスケか、かっこいいね」
どうしてやめてしまったのかは、聞かなかった。ううん、聞けなかったのだ。何だか藤間くんの表情が、少し暗かった気がするから。
でも彼氏が運動部で、彼女が応援に行く、みたいなのは憧れていた。恋人が試合に勝ったら、どれだけ嬉しいんだろう……。
「なに、綾瀬、俺のバスケ姿見たい?」
「う、うん、まぁ気になるけど」
「俺記憶失ってるから、バスケのやり方分かんないや。もしかしたら体が覚えてるかもしれないけど」
「だ、大丈夫だよ、そんな無理に!」
確かにバスケをしている藤間くんの姿を想像したら、かっこいいと思う。
私はバスケのルールなんて分からないけれど。お疲れ様、なんて言ってタオルを渡したりして……。
――って、妄想ばかりしている私って、もしかして変態?
「そういう綾瀬は? なんの部活だったの」
「私? 私は帰宅部だったみたい」
「へぇ、なんで? 美術部とか吹奏楽部とか、そういうの入ってるイメージだった」
「……すいませんね、運動はできなくて。帰宅部だった理由は分からない。特にやりたいものがなかったからじゃないかな」
勉強に専念して、いい高校に入ったんだし。きっとやりたいことが見つからなかったんだ。
私のやりたいことってなんだろう。二年生に進級したら、きっと将来を考えていかなければならない時期だ。……私にやりたい夢なんて見つかるのかな。
ふと、どこまでも続く遠い空を見上げる。空を見れば、何だか『きっとどうにかなる』って気持ちになれる。
小さい頃は、空に浮かぶ雲がわたあめに見えて、食べれると思ってたなぁ。
――あれ? 今、私、記憶が?
「綾瀬、どうした?」
「……今、少しだけ、小さいことだけど記憶を思い出したの」
「なに、どんなこと?」
「子どもの頃、雲をわたあめだと思ってて、食べたいなぁって考えてたこと……」
そう言うと、藤間くんは可笑しそうに笑った。
――みんな、子どもの頃、雲を食べたいと思ったこと一度はあるんじゃない?
そんなに馬鹿にされるとは思ってなくて、私は藤間くんのことを軽く叩いた。
「いてっ! 悪かったって」
「もう、藤間くんは本当いたずらっ子だよね。私の子どもの頃より子どもみたい」
「いや、それはないね」
「ある!」
「ない!」
藤間くんと話していると、自然と笑顔になれるのは魔法だろうか。“恋”という魔法の力だよね。
そんな他愛もない話をしながら教室へ入ると、しーんと静まり返った。
クラスのみんな、私と藤間くんが一緒に登校してきたから驚いているんだ。
「みんな、おはよう。いきなりなんだけどさ、俺と綾瀬、付き合ってるから」
「えっ!? 綾瀬さんと藤間さんが!?」
「お、おめでとうございます!」
「だから、綾瀬には手出すなよ」
まさかクラスメイトに紹介されると思ってなくて、私はすごく恥ずかしくなってしまった。
だけどみんな祝福してくれて、何故かクラッカーを持っていた男子がお祝いしてくれた。もちろん、担任には怒られたけど。
机や椅子を移動して、みんなでクラッカーのゴミをほうきで片付ける。そんなことでさえ、かけがえのない時間だと思った。――青春だなって、感じた。
「あっ、真田さん、おはようございますっ」
「……何の騒ぎ?」
そんなとき、真田さんが登校してきた。
私は藤間くんと付き合ったことになんて言われるか不安だったけれど、藤間くんは真田さんに私とのことを告白した。
「俺、綾瀬と付き合ってるんだ。だから、綾瀬を怖がらせるのはやめてほしい」
「……え? がちなの?」
「本当だよ。じゃあ、それを言いたかっただけだから」
真田さんは訳が分からないと言った顔で、震えていた。
――ちょっとだけだけど、かわいそうだなって思う。
真田さんは藤間くんのことを、前々から好きだったんだろう。それなのに私と付き合ってしまったから、悲しくてたまらないんだと思う。
でも私は、負ける気がない。藤間くんへの気持ちは真田さんには負けていない。だから胸を張って言える。
「真田さん、私、藤間くんのことが好きだよ」
「……は?」
「だから、ごめんなさい。真田さんには、譲れないです」
頭を下げて、私は自分の席に戻った。だけど、真田さんは私を睨み続けていた。
その視線が釘のようで私の心はとてつもなく痛かったけれど、藤間くんが守ってくれるから大丈夫だ、と安心できた。