ヨルの問いに答えながら、いそいそと仕事の準備をして気をそらした。
 酒の匂いが体についていそうだったが、シャワーを浴びる時間はなさそうだ。
 ヨルは僕の話にふんふんと相槌を打っていたが、冬花ちゃんの家に行ったと告げると、

「わあ。いきなり女の子を引っ掛けるなんて、北村さんも隅に置けませんね」

 と、にやにやと嬉しそうに笑う。

「たまたまだよ。それに、多分これっきりだしね」
「えー。そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
「連絡先も聞きそびれちゃったし」
「でも、楽しかったんじゃないんですか?」
「うん、すごく」
「それなら、冬花さんもきっとそう思ってるはずですよ」

 そうだろうか。
 そうだといいな。
 ベランダの窓ガラスを見ると、僕の頬はだらしなく緩んでいた。
 そこではじめて、自分がかつてないほど浮かれていたのだと気がつく。
 ......それだけ、冬花ちゃんは僕にとって特別な人だったのだ。
 窓には、僕の背後に立つヨルも映っている。
 最初こそ恐ろしいと思ったものだが、こうして見守ってくれているヨルは、僕にとっては女神だ。窓越しに笑いかけると、ヨルがこちらに歩み寄ってくる。

「北村さんが楽しいのなら、ヨルも契約した甲斐があります」
「僕のほうこそ、刺激的な経験をさせてもらってるよ」
「うふふ」と、ヨルは愛嬌たっぷりの笑みを浮かべた。

 きゅっ、と心臓が高鳴るのを感じる。
 これ以上一緒にいたら、すっかり魅了されてしまいそうだ。

「じゃあ、僕は仕事に行くけど......朝まで一人で大丈夫?」
「お任せください。映画を観ながらお留守番をしてますから」
「映画?」

 ヨルがいそいそとテレビ台の扉を開けると、そこにはレンタルビデオショップ店で借りてきたのであろうDVDが、ドンと山積みになっていた。

「北村さんのカードをお掃除中に見つけたので、つい」

 傍らには、たしかに登録していたことすら忘れていた僕の会員証が置いてある。

「勝手に使ってごめんなさい」

 意外とちゃっかりしてるのかもしれない。......いや、まあ、初対面で家にあがりこんできたのだから、もともとそういう性格なんだろうが。
 何を借りたのかと思って手に取ってみると、すべてホラー映画だった。

「ホラー、好きなの?」
「ハマると、クセになるんですよね」
「いい趣味してるね......」
「悪魔ですから」

 ヨルの赤い目が、細められる。
 その瞳の輝きに、なぜか一瞬、鳥肌がたった。