今日で仕事を辞めた。
 エージェントは渋っていたが、入院してからずっと体調が悪いのだと伝えると、
「そもそも来月末までの契約でしたしね。先方も、早く辞めてほしいみたいでしたし」
 と、嫌味が返ってきた。無断欠勤もしてしまったので当然の評価だと言えよう。
 おそらく、この派遣会社が僕に仕事を紹介することは二度とないだろう。
 だけど不思議と怒りは湧いてこなかった。失望もない。
 僕は電話口で「そうですか」とだけ言うと、彼女はちょっと意外そうだった。
 退院してから、あれこれ理由をつけて結局三日しか出勤しなかったが、主任は以前にもまして僕を嫌い、ときには殴られることもあった。
 だが、僕にとってはすべてがどうでもいいことだ。
 どんなに人から疎まれたり、嫌われようと、もう過ぎたること。
 宮越くんから「お世話になりました」という簡素なメールだけが届いたが、それを確認すると、すぐに削除した。グループチャットからも、追い出される前に自分から退室した。
 がらんどうになった部屋に、僕は一人ぽつんと立ち尽くした。
 今日でこの部屋も立ち退く。
 ここから眺める海も見納めだ。僕は窓辺に近づく。
 ふと、ベランダに小さな塊が縮こまっていた。
 コパンだ。
 声をかけると、彼はぴくんと頭をあげる。その首には真新しい首輪がついていた。
 誰かに飼われることになったのだろう。
 窓を開けてみたが、コパンは近づいてこない。
 大きくて丸い目が、品定めでもするかのように僕を見つめているだけだ。
 僕が犯した罪を見透かされているみたいで、無性に気に入らない。コパンの餌入れを掴み、思い切りぶん投げた。
「あっちいけ、クソ猫!」
 餌入れは、彼の目の前に落下した。驚いて飛び退いたコパンは、僕を振り返ることなく、軽やかな鈴の音を響かせて去っていってしまった。
 忌々しい猫め、と毒づきながら僕はカーテンを閉じた。

 さよなら、コパン。
 僕にはもう、友達はいらない。