たとえ悪魔に魂を売ってでも、僕はそれが欲しくてたまらないのだ。
「だから冬花ちゃんみたいに、スペア感覚で友達をつくれる人が、僕にとってはすごく羨ましいんだ」
「自分がサイテーっていう自覚はあるけどね」
「冬花ちゃんは、どうしてそんなに友達が欲しいの?」
 僕がそう尋ねると、冬花ちゃんは、はあっと息を吐いた。
「無理に話してとは言わないけど......」
「あたしって、愛妾の子なんだよね」
 自分で聞いたくせに、噛み合わない冬花ちゃんの返事に戸惑った。
 アイショー? あいしょー......。一瞬、頭で漢字に変換できなかったが、すぐに浮気相手の子供という意味だとわかってギクリとする。
「あたしが今住んでる家は、お父さんがお母さんに買ってあげたものなの。あの車もそうだよ。毎月数十万のお手当ももらっていたみたい。すごいよね。愛人ってそんなに儲かるんだって笑ったわ」
「そんな言い方」
「でもさ。お母さんは、あのリビングで首吊ったのよ」
 ひゅっと喉から声が漏れた。
「腰が抜けたわ。今でもたまに夢で見るしね」
「そう......だったの」
「お母さんは孤独でさ。葬式に夫......いや、世間的には彼氏だけど......そいつすら来なくて。娘にまで軽蔑されて、骨壷は市役所が手配した共同墓地に埋まってるんだよ」
 冬花ちゃんは、星空をぼうっと見上げたまま続ける。
「男は全員恋愛対象、女は全員恋敵がモットーな人だったから、当然だよね」
 気丈な物言いだったが、彼女の横顔はさみしげだ。
「あたし以外、誰も骨を拾いに来ない火葬場でさ。黄ばんだ骨を見たとき、こうはなりたくないって思っちゃったんだ」
「だから友達をたくさん作ってるの?」
「うん。だって惨めじゃん。金と男しかいない人生なんて」
 肯定も否定もできなかった。
「でもさあ、他人って少し仲良くなったらすぐ金の無心が始まるの。うんざりだよ。いい家に住んでるだけで、小遣いをせびってくるの。あたしだって、お母さんの遺産を食いつぶしてるだけだっつの。それも、あと数ヶ月で尽きちゃう」
 そんなこと、想像もしていなかった。
 あんなに立派な邸宅に住んで、大勢の人たちに囲まれて、?日キラキラとした日々を過ごしているのだとばかり思っていた。
「だからその前に、本当にあたしのことを想ってくれる友達がほしいんだよね。......この話したの、北村くんが初めてかも」
「僕でよかったの?」
「北村くん、ビアガーデンであたしのこと助けてくれたじゃん。あの日から、北村くんはあたしにとって特別な友達なんだよ」
「そんな。あのときは、ただ必死なだけで......」
「北村くんは、自分が思ってるほど駄目なやつじゃないよ」
 彼女が僕に優しくしてくれるのは、友達化しているからだとは頭ではわかっている。
 そうでなければ、僕と彼女は挨拶すら交わさない関係なのだ。
「冬花ちゃんは、サイテーな人間なんかじゃないよ」
「そうかな」
「僕のために車を飛ばしてきてくれるなんて、すごく友達思いの人なんだと思う」
「あはは。なんか、北村くんが泣いてるかもって思ったら、居ても立ってもいられなくなっちゃったんだよね」
「おかげで、心が楽になったよ」
「それなら良かった。野本くんの代わりに、あたしがいくらでも付き合うよ」
「ありがとう、冬花ちゃん」
 僕は衝動的に冬花ちゃんの手を握ろうとして、寸前でのところで思いとどまった。
 だが、彼女は僕の意を汲み取って、優しく両手で包み込んでくれた。
「これからも、友達でいてね」
「うん、こちらこそ」
 僕らはなんだか気恥ずかしくなって、互いに照れ笑いを浮かべる。
 彼女と話している間に、いつの間にか同窓会でひしゃげた心は回復していた。
 僕に残された時間は、あと六日。
 その間に、彼女との距離をもっと縮めることができれば、僕らは本当の友達になれるかもしれない。
 もしもこの瞬間、ヨルの魔術が解けたらどうなるのだろう。
 彼女はあっさり僕を見限るのだろうか。
 替えにもならないガラクタだと、僕を捨てるのだろうか。
 いや、きっとそんなことはしない。
 僕をじっと見つめてくれる彼女を信じたい。
 たとえ彼女が僕を嫌いになったとしても、僕が彼女を想うこの気持ちに偽りはない。
 彼女のことを支えたいし、いくらでも力になりたいと思う。
 紛れもない、『本物の想い』だ。
 これが「友達」というものなのだろうか。