翌朝、ヨルはちゃっかり部屋に戻っていて、のんびり映画を鑑賞していた。
工場から帰ってきた僕が、夕方から同窓会に参加することを伝えると、ヨルは「お赤飯炊いておきます!」と少しずれたことを言って送り出してくれた。
久しぶりにスーツを着込み、僕はハガキに記載されていた会場へと向かった。
どうやら、同窓会はホテルの広間で行われるようだ。
緊張で心臓が飛び出しそうになりながら、フロントのホテルマンに名前を告げると、快く三階の会場に案内してくれた。
階段を登り切ると、広い廊下が続いていて、一番奥の扉の前に、『藤島市立北中学校 同窓会会場』という看板が置いてあった。
扉は開け放たれていて、部屋の中から男女のざわめきが漏れている。
それが学校の教室の雰囲気に似ていて、僕の足は途端にズシンと重たくなった。
勢いで参加してしまったけど、本当に良かったんだろうか。
中学を卒業してから、クラスメイトの何人が市内に留まり続けているのだろう。
半分......いや、藤島市は決して都会ではない。
ほぼ全員が友達化していない可能性もあり得る。
野本くんと会うのが目的ならば、彼と一対一で食事をする約束を取り付けても良かったかもしれない。
『受付』という看板を観た瞬間、足がすくむ。
どうしよう、怖い。
友達が一気に増えて、ちょっと調子に乗りすぎたのだ。
だが、ここで帰ったら野本くんに迷惑がかかるかもしれない。それはダメだ、
挨拶だけして、帰ろう。うん、それがいい。
勇気を奮い立たせて、僕は受付へと近づいていった。
「あの」
「はい。あっ、北村くん、来てくれたんだね!」
顔をあげたのは、すっかり大人びた野本くんだった。
中学の時の印象とはだいぶ変わっているが、大きな眼鏡だけは健在で、むしろ昔よりレンズが厚くなったように思える。
僕よりも身長が低いのは相変わらずで、親近感を覚えた。
「お久しぶりです。昨日は突然連絡してすみませんでした」
「もう。敬語なんてやめてよ。今日は楽しんで行ってくれよ」
「は、はい......じゃなくて、うん」
僕が会費の五千円を入れた封筒を野本くんに渡すと、代わりに臨時で用意したのだろう、手書きの名札を渡してくれた。
「ちょっとかっこ悪いけど、勘弁してね」
「むしろ、用意してくれてありがとう」
「へへへ」
野本くんは、眉を八の字に下げて笑った。
それは、クラスの爪弾き同士、ごくたまに交わす雑談の中で垣間見せる笑顔と同じで、懐かしさが蘇る。
もっと野本くんと話がしたかったが、受付業務を担っている彼の邪魔をするわけにはいかない。
僕は後ろ髪を引かれながらも、「またあとで」と言って会場に足を踏み入れた。
こわごわと中を覗き込むと、きらびやかなシャンデリアに目がくらむ。
美味しそうな料理が並ぶ長テーブルと、立ち話をしている華やかな元クラスメイトたち。
見覚えがあるようで、ないような......微妙なメンツだ。
男女合わせて、すでに十人ぐらいいる。
数グループに分かれ、楽しそうに固まって話をしている。中には幼い子供の手を引いている女性もいてびっくりした。
たしかに二十三歳といえば、子供がいてもおかしくはない。
僕よりも遥かに早いスピードで人生のコマを進めている人を目の当たりにすると、焦燥感に包まれる。
自分から話しかけることもできなくて、僕は手書きのネームプレートが置かれている席についた。
できるだけ気配を消して、誰からも声をかけられないと願いつつ。
まるで、中学校時代のときのように。
だが、そんなことをすれば逆に目立つということに気づかなかった。
「あの人、誰?」
陰口を囁くような声が背中越しに聞こえた。こわごわ振り返ると、みんなが物珍しそうな目で、僕を見つめていた。
ああ、やっぱりここに来たのは間違っていた。一気に後悔が膨らむ。
すると、彼らの中で一番派手な髪色をした男が大股で僕に近寄ってきた。
「よお。北村も来たんだな」
彼が右胸につけている名札には『尾瀬』という名が書かれていた。
その瞬間、僕の心臓はドクンと跳ねた。首筋に、冷たい汗が垂れる。
彼は隣の席へどっかりと腰を下ろすと、
「久しぶりじゃん。なんで成人式は来なかったんだよ」
短い会話ではあるが、彼が『友達化』しているのだとすぐに悟った。
僕は曖昧にうなずいて、精一杯の作り笑顔を浮かべた。
「ちょっと、用事があって」
「へえ。成人式より大事な用事なんてあるんだ?」
「まあね」
上手く笑えているだろうか。
尾瀬。
君が作ろうと言い出した友達ランキングのせいで、僕は学校に行けなくなったんだぞ。
友達化している今なら、嫌味の一つぐらい言ってやろうか。
いや、僕を遠巻きに見つめる大勢の元クラスメイトたちの視線が刺さって、とてもじゃないがそんなことを言える空気ではなかった。
尾瀬は僕の心中に気づいた様子もなく、へらへらと笑いながら続けた。
「俺、ずっと留学してたんだけど、北村はどこの大学行ったんだっけ?」
「大学?」
「あ、これ名刺」
尾瀬は手慣れた仕草で、名刺入れから一枚抜き出すと僕に手渡してきた。
会社名を見て驚いた。県で一番有名な企業だ。僕の反応を見た尾瀬は、満足そうに口元を歪める。
彼にとっての友達というのは、こうして自分の地位をアピールするためのものなのかもしれない。
きっと「すごい会社に勤めているんだね」と言われるのを期待しているのだろうが、僕は自分が思っているより彼が嫌いなようだった。
そのまま出来る限りの愛想笑いを浮かべ、
「ごめん。僕、名刺忘れちゃった」
と言って流した。
尾瀬は少しだけアテが外れたようにキョトンとしていたが、あからさまに唇を尖らせる。
「ふうん。同窓会なんて、社会人にとっては格好の営業先なのに、相変わらず抜けてんな」
「僕は、別に営業職じゃないから」
「なんの仕事だよ」
しがない工場の派遣社員。とは言いたくなかった。僕にもちっぽけなプライドは残っていたみたいだ。
僕が口を開かないのを見て、尾瀬は「自分のほうが上っぽい」と判断したのだろう。満足げにフンと鼻を鳴らす。
「まあ、いいや。じゃあ今度、遊ぼうぜ。久しぶりに会ったんだし」
「機会があればね」
ああ、だめだ。ヨルの魔術のおかげで、今までいろんな人と話して、それなりに人付き合いには慣れたように思えたのに。
尾瀬と話していると、学生時代の自分が蘇ってきて、呼吸するのさえ苦しい。
今にも叫び出したい衝動が、腹の底から突き上げてくる。
僕らの会話が一区切りついたのを見計らって、遠巻きに眺めていた他の元クラスメイトたちが遠慮がちに近づいてくる。
「やっぱり北村だ。久しぶり」という、定型文みたいな挨拶を皮切りに、友達化している人たちは馴れ馴れしく接してくる。
まだ一滴もお酒を飲んでいないはずなのに、ひどく目眩がする。むらむらと吐き気に似た苛立ちに体が震える。テーブルの下で、きつく握りしめた拳が痛い。
それなのに、顔には笑みを貼り付けている。
本当に中学時代に戻ったみたいだ。
「そういえば、なんで学校来なかったんだ?」
唐突に、尾瀬が言った。
「え?」
「たしかずっと不登校だっただろ。担任は家庭の事情とか言ってたけど」
「私は入院してたって聞いたよ」
尾瀬と、周りにいた元クラスメイトたちが、興味深そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「覚えて、ないの?」
「何を?」
あ、だめだ。
この人達は、『友達ランキング』のことなどすっかり忘れているのだ。
自分の呼吸が、だんだん浅くなっていく。
僕はどこかで、彼らが謝ってくれるのではないかと期待していたのかもしれない。
これは。この感情は。怒りだと気づいた。
ちらりと会場の入り口を見やると、続々と元クラスメイトたちが入室してくるのが見えた。
心がさざなみ立つ。もうだめだ。これ以上は耐えられない。
「ごめん、トイレ」
僕はそっけなく言い、鞄を抱えるようにして席を立った。
不審に思った尾瀬たちの声を無視して、僕は足早に会場から飛び出した。
限界だ。帰ろう。このままここにいたら、どうにかなってしまう。
やっぱり同窓会に来たこと自体が間違っていたのだ。
僕は一階に続く階段を駆け下りた。
その時。
「北村くん!」
背後から名前を呼ばれ、驚いて足を止める。
振り仰ぐと、血相を変えて追いかけてくる野本くんがいた。
「北村くん、どうしたの? もう始まるよ?」
「あ。その」
情けないが、こうして真正面から問いただされると言葉に詰まる。
「なんかあったの?」
過去の思い出が脳裏をよぎる。
そうだ。野本くんは、いつだって僕の味方だった。
ひとりぼっちの僕に、学校へ行こうと誘ってくれた。
彼なら......僕の本当の友達になってくれるかもしれない。
僕は鞄を胸の前で抱きしめ、野本くんに向き直る。
「野本くん。友達がいなかった僕と仲良くしてくれてありがとう」
「どうしたんだよ、いきなり?」
「いつも宿題を届けてくれたでしょ? 今日はそのお礼が言いたくて来たんだ。野本くんだけが、僕の......その......唯一の友達だったから」
野本くんの表情が、なぜか強ばる。
「そう思ってたんなら、学校に来てくれたらよかったのに」
「え?」
「だって......北村くんが学校に来ないから、ぼくが尾瀬の標的になってたんだよ」
キン、と耳鳴りがした。
何だ? 野本くんは、僕に何を言おうとしている?
「いじめられてたの?」
「いじめっていうと大げさだけど。学校では散々だったよ」
「僕が、代わりになればよかったのにって言いたいの?」
「そういう意味じゃないよ。ただ......友達なら、君と仲良くしていたぼくが、どんな目に遭ってるか分からなかったのかなって」
謝ればいいのか、反論すればいいのか、判断がつかなかった。
何度も僕の家にやって来ては、一緒に学校へ行こうと誘ってくれたのは......自分のため?
生贄を、引きずりだそうとするため?
なるほど。
そういう真意があったのか。
その瞬間、膝の力が抜けるような思いがした。
「じゃあ、なんで幹事なんてしてるの? みんなを恨んでるんじゃないの?」
「ぼく、尾瀬くんよりいい会社入ったんだよね」
野本くんは、丸レンズの眼鏡の縁を指で押し上げ、左手に巻いた腕時計を僕の前でかざした。
僕にその時計の価値はわからないが、きっととても高価な物なのだろう。
それだけで、彼がこの同窓会を開いた理由がすべてわかったような気がした。
「でも、今日は北村くんと話せてよかった。学生時代は色々あったけど、改めてこれから仲良くしようよ」
野本くんはそう言って、ゆっくり階段を降りてくる。
張り付くような笑みの下に、一体どんな感情が押し殺されているのだろう。
きっと、復讐の対象は僕にも向けられていたはずだ。
でも、ヨルとの契約によって、彼は僕を友達として好意を抱くよう仕向けられている。
本当の友達?
そんな思いを抱いてた自分が、あまりにも滑稽で嫌気がさした。
彼は、僕のことをずっと憎んでいたというのに。
一段一段、噛みしめるように階段を降りてくる野本くんに、背筋がぞっとする。
やっぱり、僕には最初から友達なんていなかったようだ。
僕は素早く階段を駆け下り、逃げるようにホテルをあとにした。
初めて、友達化をした人間が怖いと感じた。
× × ×
同窓会会場から、僕は行く宛もなくふらふらと駅前の広場をさまよった。
誰かと話がしたくて、たまらない。
誰かに必要とされたい。
路行く人に半ば適当に声をかけると、市外から来たと思われる人からは怪訝な顔をされたが、すぐに友達化している若い男に当たって、一緒にカラオケルームへ向かった。
二人きりになると、男は「会わせたい人がいる」などと言い出し、断る間もなく彼は誰かに電話をかけ、三〇分とも経たずに二、三人の男女が部屋に入ってきた。
騒がしいカラオケ店の中で、彼らは僕へ「副業で稼げる方法」について熱弁してくれた。
でも、僕が欲しいのはお金じゃない、友達だ。
そんなこともわからないのだな、と頼んだアルコールドリンクを飲み下しながら、熱心に聞くふりをした。
冬花ちゃんのアルコール中毒が感染ったのかもしれない。
僕はマルチ商法の人たちからも心配されるほど、飲みに飲んだ。
彼らに「友達が欲しくて」とつぶやくと、「みんないい人だよ」という薄っぺらい言葉が返ってきて、その言葉にまた腹が立ち、さらに飲んだ。
「いい人は、友達を勧誘なんてしないよ」
と叫んだような気がするが、その頃の僕はべろべろに酔っていて、夢か現実かもわからない有様だった。
ふと気がつくと、僕はカラオケ店のトイレの便器に頭を突っ込んでいた。
ズボンのポケットに入れた携帯電話が震えている。
ぐらぐらと揺れる脳みそをフル回転させ、深く考えず通話ボタンを押した。
相手は冬花ちゃんだった。
『北村くん。同窓会楽しんでるの? もしかして、二次会突入?』
どうやらカラオケ店の騒音が響いているらしい。彼女の声はちょっとだけ弾んでいた。
「同窓会なんて、大失敗だったよ!」
トイレの床へ崩れ落ちるように正座をすると、へらへらとした笑いが出てくる。
『え? じゃあ、誰と飲んでるの?』
「知らない人たち」
『はあ?』
「もうどうでもいいんだ。僕なんか死んじゃえって感じ。期待しちゃってさ、ばっかみたい」
冬花ちゃんが電話の向こうで息を呑むのがわかった。
『今どこにいるの?』
「鳥見駅のカラオケBONだよ」
『誰かと一緒?』
一瞬、言葉に詰まる。一緒に入店した人たちのことを、彼女に知られたくなかった。
「ううん。一人だよ」
『すぐ行くから』
僕が問い返す前に、ぶつんと電話が切れた。彼女は何を言っているんだろう? と、いまだふわふわする頭では思考が追いつかない。
しかし、徐々に意識がはっきりしてくると、同時に猛烈な吐き気がらこみ上げてきて、僕は便器の中へ盛大に吐き戻してしまった。
腕時計を見ると、時刻はすでに二十一時を回っている。
一体僕は何をしているんだろう。
元いたカラオケルームに戻ることもできないまま、何度もげえげえと嘔吐する。
自分の体に叱られている気がして、さらに情けなくなる。
そうしてしばらくトイレで格闘していると、再び携帯電話が震えた。画面を見ると、
『今、建物の前にいる。降りてきて』
という、冬花ちゃんからのショートメッセージが届いていた。
そこでようやく立ち上がる気力が湧いてきて、重たい足を引きずりながらカラオケルームへ戻る。中には、まだ先ほどの男女が仲良さそうに歌っていて、僕を見ると心配そうに取り囲んできた。
テーブルの上にはこれから僕を勧誘しようとしていたのか、怪しい商品が載った資料らしき本や書類が広げられていて辟易する。
彼らの言葉を無視して、強引に鞄を引っ掴むと、一万円を机に置いて部屋を立ち去った。
むかむかとする胸を抑えながら、カラオケ店の外へ出る。すると、甲高いクラクションが鳴らされ、驚いて振り返った。
そこには真っ赤な高級車が道沿いに停まっていて、冬花ちゃんが窓から身を乗り出しながら僕に手を振っていた。その光景に、一瞬で酔いが覚めて行く。
「うわ、すごい」
僕が近づくと、冬花ちゃんは車内から降りてきて、うやうやしく助手席のドアを開けてくれた。シートは染みひとつなく、足元に埃一つも落ちていない。
映画やドラマでしか観たことがないようなハイテクな車内に、恐縮してしまう。
叩けば埃が散ってきそうな服を着た僕が乗り込んで、本当にいいのだろうか。
行き交う人々も物珍しげに僕たちを振り返っていくのがわかって、ますます縮こまってしまう。でも、冬花ちゃんは表情一つ変えずに運転席へ戻ってくると、シートベルトを締めた。
「北村くん、今日仕事は?」
「............休んだ」
記憶はないが、職場のグループチャットで「体調不良のため休みます」としっかり報告していた。我ながら、こういうところは真面目だなと妙に感心する。
「そう。じゃあ、ドライブしよ」
「冬花ちゃん。今日、お酒は?」
「やだな。さすがに飲酒運転はしないよ」
彼女は心外そうに唇を尖らせたが、すぐに茶化すように笑った。
「じゃあ、飛ばすね」
「さっき吐いたばかりだから、お手柔らかに......」
「任せて」
僕の懇願も虚しく、冬花ちゃんはアクセルペダルを思い切り押し込んだ。ちょっと予想はしていたが、彼女の運転は相当荒かった。
ぐわんぐわんと左右に揺れる車内で、僕は何度も喉までせりあがる吐き気を抑え込まなければならなかった。車はスピード違反ギリギリの速度で高速道路を突き抜け、道路を通り過ぎ、やがて人気のない山道へと入っていった。
僕の体調が優れなかったのも理由の一つだが、車内は始終無言だった。
僕は車の外をずっと眺めていたし、冬花ちゃんもフロントガラスから目を離すことはなかった。冬花ちゃんの趣味なのだろう、オシャレな洋楽だけがジャカジャカと騒がしい。
一時間以上は走っていただろうか。
冬花ちゃんが車を停めたのは、街を一望できる山の頂上だった。
車から降りる冬花ちゃんに続いて、僕もドアを開けて外に出た。満天の星の明るさに圧倒され、思わず声が漏れた。
「すごいね、ここ」
まるでプラネタリウムみたいだ。痛いくらいに空を見上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
車が走ってくる気配もなく、木々のざわめきが耳に心地よい。星が瞬くたび、その音色が聞こえてきそうだ。
「あたしのお気に入り。しんどくなったら、時々飛ばしてくるんだ」
「ありがとう、連れてきてくれて」
冬花ちゃんは得意げに微笑む。そしてそのまま、世間話でもするかのように彼女は続けた。
「同窓会、だめだったの?」
チクリと胸を針で刺されたような痛みが走る。
「ごめん。あたしが行けなんて言ったからだよね」
「違うよ。身の程をわきまえなかった僕のせいなんだよ」
冬花ちゃんは眉根を寄せた。
「やっぱさ、僕って人から好かれる人間じゃないみたいなんだよね」
「どうして? 宮越さんは友達じゃないの?」
「本当の友達じゃないよ」
「あはは。あたしと同じようなこと言ってる。野本さんとはうまくいかなかったんだね」
本当は好かれていたどころか、憎まれていたのかもしれないとは、さすがに言えなかった。
「もう、わかんないや。自分ではまともなつもりなんだ。でもさ、いつの間にか嫌われちゃってるんだ。学校でも、職場でも、プライベートでも」
隣人の前原さんの顔が頭をよぎる。
「子供の頃から、ずっと孤独なんだ。僕の何がいけないんだろうね」
冬花ちゃんはガードレールに寄りかかったまま、何も言わない。
「教えてくれたらいいのに。お前のここが嫌いだから、直せよってさ。空気読めてないぞ、もっと気をつけろよ......とかさ」
誰からも必要とされず、見向きもされない。
そんな日々が積み重なって押しつぶされた結果、今の自分がいる。
大人になれば、友達の一人や二人出来るかもしれないと思っていた。
だけど現実は今もなお、変わらない。
「北村くん、ご両親は?」
「さあ。今はどこにいるのかも知らないよ」
「そっか」
家族とか、親戚とか、そういう血の繋がりにすがるのはもう諦めている。
だからこそ、友達という存在は僕の人生にとっての灯りのようなものなのだ。
自分がこの世界にいて、誰かに求められている。そう実感できる居場所。
それが僕にとっての友達だ。求め求められる、そんな関係。
工場から帰ってきた僕が、夕方から同窓会に参加することを伝えると、ヨルは「お赤飯炊いておきます!」と少しずれたことを言って送り出してくれた。
久しぶりにスーツを着込み、僕はハガキに記載されていた会場へと向かった。
どうやら、同窓会はホテルの広間で行われるようだ。
緊張で心臓が飛び出しそうになりながら、フロントのホテルマンに名前を告げると、快く三階の会場に案内してくれた。
階段を登り切ると、広い廊下が続いていて、一番奥の扉の前に、『藤島市立北中学校 同窓会会場』という看板が置いてあった。
扉は開け放たれていて、部屋の中から男女のざわめきが漏れている。
それが学校の教室の雰囲気に似ていて、僕の足は途端にズシンと重たくなった。
勢いで参加してしまったけど、本当に良かったんだろうか。
中学を卒業してから、クラスメイトの何人が市内に留まり続けているのだろう。
半分......いや、藤島市は決して都会ではない。
ほぼ全員が友達化していない可能性もあり得る。
野本くんと会うのが目的ならば、彼と一対一で食事をする約束を取り付けても良かったかもしれない。
『受付』という看板を観た瞬間、足がすくむ。
どうしよう、怖い。
友達が一気に増えて、ちょっと調子に乗りすぎたのだ。
だが、ここで帰ったら野本くんに迷惑がかかるかもしれない。それはダメだ、
挨拶だけして、帰ろう。うん、それがいい。
勇気を奮い立たせて、僕は受付へと近づいていった。
「あの」
「はい。あっ、北村くん、来てくれたんだね!」
顔をあげたのは、すっかり大人びた野本くんだった。
中学の時の印象とはだいぶ変わっているが、大きな眼鏡だけは健在で、むしろ昔よりレンズが厚くなったように思える。
僕よりも身長が低いのは相変わらずで、親近感を覚えた。
「お久しぶりです。昨日は突然連絡してすみませんでした」
「もう。敬語なんてやめてよ。今日は楽しんで行ってくれよ」
「は、はい......じゃなくて、うん」
僕が会費の五千円を入れた封筒を野本くんに渡すと、代わりに臨時で用意したのだろう、手書きの名札を渡してくれた。
「ちょっとかっこ悪いけど、勘弁してね」
「むしろ、用意してくれてありがとう」
「へへへ」
野本くんは、眉を八の字に下げて笑った。
それは、クラスの爪弾き同士、ごくたまに交わす雑談の中で垣間見せる笑顔と同じで、懐かしさが蘇る。
もっと野本くんと話がしたかったが、受付業務を担っている彼の邪魔をするわけにはいかない。
僕は後ろ髪を引かれながらも、「またあとで」と言って会場に足を踏み入れた。
こわごわと中を覗き込むと、きらびやかなシャンデリアに目がくらむ。
美味しそうな料理が並ぶ長テーブルと、立ち話をしている華やかな元クラスメイトたち。
見覚えがあるようで、ないような......微妙なメンツだ。
男女合わせて、すでに十人ぐらいいる。
数グループに分かれ、楽しそうに固まって話をしている。中には幼い子供の手を引いている女性もいてびっくりした。
たしかに二十三歳といえば、子供がいてもおかしくはない。
僕よりも遥かに早いスピードで人生のコマを進めている人を目の当たりにすると、焦燥感に包まれる。
自分から話しかけることもできなくて、僕は手書きのネームプレートが置かれている席についた。
できるだけ気配を消して、誰からも声をかけられないと願いつつ。
まるで、中学校時代のときのように。
だが、そんなことをすれば逆に目立つということに気づかなかった。
「あの人、誰?」
陰口を囁くような声が背中越しに聞こえた。こわごわ振り返ると、みんなが物珍しそうな目で、僕を見つめていた。
ああ、やっぱりここに来たのは間違っていた。一気に後悔が膨らむ。
すると、彼らの中で一番派手な髪色をした男が大股で僕に近寄ってきた。
「よお。北村も来たんだな」
彼が右胸につけている名札には『尾瀬』という名が書かれていた。
その瞬間、僕の心臓はドクンと跳ねた。首筋に、冷たい汗が垂れる。
彼は隣の席へどっかりと腰を下ろすと、
「久しぶりじゃん。なんで成人式は来なかったんだよ」
短い会話ではあるが、彼が『友達化』しているのだとすぐに悟った。
僕は曖昧にうなずいて、精一杯の作り笑顔を浮かべた。
「ちょっと、用事があって」
「へえ。成人式より大事な用事なんてあるんだ?」
「まあね」
上手く笑えているだろうか。
尾瀬。
君が作ろうと言い出した友達ランキングのせいで、僕は学校に行けなくなったんだぞ。
友達化している今なら、嫌味の一つぐらい言ってやろうか。
いや、僕を遠巻きに見つめる大勢の元クラスメイトたちの視線が刺さって、とてもじゃないがそんなことを言える空気ではなかった。
尾瀬は僕の心中に気づいた様子もなく、へらへらと笑いながら続けた。
「俺、ずっと留学してたんだけど、北村はどこの大学行ったんだっけ?」
「大学?」
「あ、これ名刺」
尾瀬は手慣れた仕草で、名刺入れから一枚抜き出すと僕に手渡してきた。
会社名を見て驚いた。県で一番有名な企業だ。僕の反応を見た尾瀬は、満足そうに口元を歪める。
彼にとっての友達というのは、こうして自分の地位をアピールするためのものなのかもしれない。
きっと「すごい会社に勤めているんだね」と言われるのを期待しているのだろうが、僕は自分が思っているより彼が嫌いなようだった。
そのまま出来る限りの愛想笑いを浮かべ、
「ごめん。僕、名刺忘れちゃった」
と言って流した。
尾瀬は少しだけアテが外れたようにキョトンとしていたが、あからさまに唇を尖らせる。
「ふうん。同窓会なんて、社会人にとっては格好の営業先なのに、相変わらず抜けてんな」
「僕は、別に営業職じゃないから」
「なんの仕事だよ」
しがない工場の派遣社員。とは言いたくなかった。僕にもちっぽけなプライドは残っていたみたいだ。
僕が口を開かないのを見て、尾瀬は「自分のほうが上っぽい」と判断したのだろう。満足げにフンと鼻を鳴らす。
「まあ、いいや。じゃあ今度、遊ぼうぜ。久しぶりに会ったんだし」
「機会があればね」
ああ、だめだ。ヨルの魔術のおかげで、今までいろんな人と話して、それなりに人付き合いには慣れたように思えたのに。
尾瀬と話していると、学生時代の自分が蘇ってきて、呼吸するのさえ苦しい。
今にも叫び出したい衝動が、腹の底から突き上げてくる。
僕らの会話が一区切りついたのを見計らって、遠巻きに眺めていた他の元クラスメイトたちが遠慮がちに近づいてくる。
「やっぱり北村だ。久しぶり」という、定型文みたいな挨拶を皮切りに、友達化している人たちは馴れ馴れしく接してくる。
まだ一滴もお酒を飲んでいないはずなのに、ひどく目眩がする。むらむらと吐き気に似た苛立ちに体が震える。テーブルの下で、きつく握りしめた拳が痛い。
それなのに、顔には笑みを貼り付けている。
本当に中学時代に戻ったみたいだ。
「そういえば、なんで学校来なかったんだ?」
唐突に、尾瀬が言った。
「え?」
「たしかずっと不登校だっただろ。担任は家庭の事情とか言ってたけど」
「私は入院してたって聞いたよ」
尾瀬と、周りにいた元クラスメイトたちが、興味深そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「覚えて、ないの?」
「何を?」
あ、だめだ。
この人達は、『友達ランキング』のことなどすっかり忘れているのだ。
自分の呼吸が、だんだん浅くなっていく。
僕はどこかで、彼らが謝ってくれるのではないかと期待していたのかもしれない。
これは。この感情は。怒りだと気づいた。
ちらりと会場の入り口を見やると、続々と元クラスメイトたちが入室してくるのが見えた。
心がさざなみ立つ。もうだめだ。これ以上は耐えられない。
「ごめん、トイレ」
僕はそっけなく言い、鞄を抱えるようにして席を立った。
不審に思った尾瀬たちの声を無視して、僕は足早に会場から飛び出した。
限界だ。帰ろう。このままここにいたら、どうにかなってしまう。
やっぱり同窓会に来たこと自体が間違っていたのだ。
僕は一階に続く階段を駆け下りた。
その時。
「北村くん!」
背後から名前を呼ばれ、驚いて足を止める。
振り仰ぐと、血相を変えて追いかけてくる野本くんがいた。
「北村くん、どうしたの? もう始まるよ?」
「あ。その」
情けないが、こうして真正面から問いただされると言葉に詰まる。
「なんかあったの?」
過去の思い出が脳裏をよぎる。
そうだ。野本くんは、いつだって僕の味方だった。
ひとりぼっちの僕に、学校へ行こうと誘ってくれた。
彼なら......僕の本当の友達になってくれるかもしれない。
僕は鞄を胸の前で抱きしめ、野本くんに向き直る。
「野本くん。友達がいなかった僕と仲良くしてくれてありがとう」
「どうしたんだよ、いきなり?」
「いつも宿題を届けてくれたでしょ? 今日はそのお礼が言いたくて来たんだ。野本くんだけが、僕の......その......唯一の友達だったから」
野本くんの表情が、なぜか強ばる。
「そう思ってたんなら、学校に来てくれたらよかったのに」
「え?」
「だって......北村くんが学校に来ないから、ぼくが尾瀬の標的になってたんだよ」
キン、と耳鳴りがした。
何だ? 野本くんは、僕に何を言おうとしている?
「いじめられてたの?」
「いじめっていうと大げさだけど。学校では散々だったよ」
「僕が、代わりになればよかったのにって言いたいの?」
「そういう意味じゃないよ。ただ......友達なら、君と仲良くしていたぼくが、どんな目に遭ってるか分からなかったのかなって」
謝ればいいのか、反論すればいいのか、判断がつかなかった。
何度も僕の家にやって来ては、一緒に学校へ行こうと誘ってくれたのは......自分のため?
生贄を、引きずりだそうとするため?
なるほど。
そういう真意があったのか。
その瞬間、膝の力が抜けるような思いがした。
「じゃあ、なんで幹事なんてしてるの? みんなを恨んでるんじゃないの?」
「ぼく、尾瀬くんよりいい会社入ったんだよね」
野本くんは、丸レンズの眼鏡の縁を指で押し上げ、左手に巻いた腕時計を僕の前でかざした。
僕にその時計の価値はわからないが、きっととても高価な物なのだろう。
それだけで、彼がこの同窓会を開いた理由がすべてわかったような気がした。
「でも、今日は北村くんと話せてよかった。学生時代は色々あったけど、改めてこれから仲良くしようよ」
野本くんはそう言って、ゆっくり階段を降りてくる。
張り付くような笑みの下に、一体どんな感情が押し殺されているのだろう。
きっと、復讐の対象は僕にも向けられていたはずだ。
でも、ヨルとの契約によって、彼は僕を友達として好意を抱くよう仕向けられている。
本当の友達?
そんな思いを抱いてた自分が、あまりにも滑稽で嫌気がさした。
彼は、僕のことをずっと憎んでいたというのに。
一段一段、噛みしめるように階段を降りてくる野本くんに、背筋がぞっとする。
やっぱり、僕には最初から友達なんていなかったようだ。
僕は素早く階段を駆け下り、逃げるようにホテルをあとにした。
初めて、友達化をした人間が怖いと感じた。
× × ×
同窓会会場から、僕は行く宛もなくふらふらと駅前の広場をさまよった。
誰かと話がしたくて、たまらない。
誰かに必要とされたい。
路行く人に半ば適当に声をかけると、市外から来たと思われる人からは怪訝な顔をされたが、すぐに友達化している若い男に当たって、一緒にカラオケルームへ向かった。
二人きりになると、男は「会わせたい人がいる」などと言い出し、断る間もなく彼は誰かに電話をかけ、三〇分とも経たずに二、三人の男女が部屋に入ってきた。
騒がしいカラオケ店の中で、彼らは僕へ「副業で稼げる方法」について熱弁してくれた。
でも、僕が欲しいのはお金じゃない、友達だ。
そんなこともわからないのだな、と頼んだアルコールドリンクを飲み下しながら、熱心に聞くふりをした。
冬花ちゃんのアルコール中毒が感染ったのかもしれない。
僕はマルチ商法の人たちからも心配されるほど、飲みに飲んだ。
彼らに「友達が欲しくて」とつぶやくと、「みんないい人だよ」という薄っぺらい言葉が返ってきて、その言葉にまた腹が立ち、さらに飲んだ。
「いい人は、友達を勧誘なんてしないよ」
と叫んだような気がするが、その頃の僕はべろべろに酔っていて、夢か現実かもわからない有様だった。
ふと気がつくと、僕はカラオケ店のトイレの便器に頭を突っ込んでいた。
ズボンのポケットに入れた携帯電話が震えている。
ぐらぐらと揺れる脳みそをフル回転させ、深く考えず通話ボタンを押した。
相手は冬花ちゃんだった。
『北村くん。同窓会楽しんでるの? もしかして、二次会突入?』
どうやらカラオケ店の騒音が響いているらしい。彼女の声はちょっとだけ弾んでいた。
「同窓会なんて、大失敗だったよ!」
トイレの床へ崩れ落ちるように正座をすると、へらへらとした笑いが出てくる。
『え? じゃあ、誰と飲んでるの?』
「知らない人たち」
『はあ?』
「もうどうでもいいんだ。僕なんか死んじゃえって感じ。期待しちゃってさ、ばっかみたい」
冬花ちゃんが電話の向こうで息を呑むのがわかった。
『今どこにいるの?』
「鳥見駅のカラオケBONだよ」
『誰かと一緒?』
一瞬、言葉に詰まる。一緒に入店した人たちのことを、彼女に知られたくなかった。
「ううん。一人だよ」
『すぐ行くから』
僕が問い返す前に、ぶつんと電話が切れた。彼女は何を言っているんだろう? と、いまだふわふわする頭では思考が追いつかない。
しかし、徐々に意識がはっきりしてくると、同時に猛烈な吐き気がらこみ上げてきて、僕は便器の中へ盛大に吐き戻してしまった。
腕時計を見ると、時刻はすでに二十一時を回っている。
一体僕は何をしているんだろう。
元いたカラオケルームに戻ることもできないまま、何度もげえげえと嘔吐する。
自分の体に叱られている気がして、さらに情けなくなる。
そうしてしばらくトイレで格闘していると、再び携帯電話が震えた。画面を見ると、
『今、建物の前にいる。降りてきて』
という、冬花ちゃんからのショートメッセージが届いていた。
そこでようやく立ち上がる気力が湧いてきて、重たい足を引きずりながらカラオケルームへ戻る。中には、まだ先ほどの男女が仲良さそうに歌っていて、僕を見ると心配そうに取り囲んできた。
テーブルの上にはこれから僕を勧誘しようとしていたのか、怪しい商品が載った資料らしき本や書類が広げられていて辟易する。
彼らの言葉を無視して、強引に鞄を引っ掴むと、一万円を机に置いて部屋を立ち去った。
むかむかとする胸を抑えながら、カラオケ店の外へ出る。すると、甲高いクラクションが鳴らされ、驚いて振り返った。
そこには真っ赤な高級車が道沿いに停まっていて、冬花ちゃんが窓から身を乗り出しながら僕に手を振っていた。その光景に、一瞬で酔いが覚めて行く。
「うわ、すごい」
僕が近づくと、冬花ちゃんは車内から降りてきて、うやうやしく助手席のドアを開けてくれた。シートは染みひとつなく、足元に埃一つも落ちていない。
映画やドラマでしか観たことがないようなハイテクな車内に、恐縮してしまう。
叩けば埃が散ってきそうな服を着た僕が乗り込んで、本当にいいのだろうか。
行き交う人々も物珍しげに僕たちを振り返っていくのがわかって、ますます縮こまってしまう。でも、冬花ちゃんは表情一つ変えずに運転席へ戻ってくると、シートベルトを締めた。
「北村くん、今日仕事は?」
「............休んだ」
記憶はないが、職場のグループチャットで「体調不良のため休みます」としっかり報告していた。我ながら、こういうところは真面目だなと妙に感心する。
「そう。じゃあ、ドライブしよ」
「冬花ちゃん。今日、お酒は?」
「やだな。さすがに飲酒運転はしないよ」
彼女は心外そうに唇を尖らせたが、すぐに茶化すように笑った。
「じゃあ、飛ばすね」
「さっき吐いたばかりだから、お手柔らかに......」
「任せて」
僕の懇願も虚しく、冬花ちゃんはアクセルペダルを思い切り押し込んだ。ちょっと予想はしていたが、彼女の運転は相当荒かった。
ぐわんぐわんと左右に揺れる車内で、僕は何度も喉までせりあがる吐き気を抑え込まなければならなかった。車はスピード違反ギリギリの速度で高速道路を突き抜け、道路を通り過ぎ、やがて人気のない山道へと入っていった。
僕の体調が優れなかったのも理由の一つだが、車内は始終無言だった。
僕は車の外をずっと眺めていたし、冬花ちゃんもフロントガラスから目を離すことはなかった。冬花ちゃんの趣味なのだろう、オシャレな洋楽だけがジャカジャカと騒がしい。
一時間以上は走っていただろうか。
冬花ちゃんが車を停めたのは、街を一望できる山の頂上だった。
車から降りる冬花ちゃんに続いて、僕もドアを開けて外に出た。満天の星の明るさに圧倒され、思わず声が漏れた。
「すごいね、ここ」
まるでプラネタリウムみたいだ。痛いくらいに空を見上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
車が走ってくる気配もなく、木々のざわめきが耳に心地よい。星が瞬くたび、その音色が聞こえてきそうだ。
「あたしのお気に入り。しんどくなったら、時々飛ばしてくるんだ」
「ありがとう、連れてきてくれて」
冬花ちゃんは得意げに微笑む。そしてそのまま、世間話でもするかのように彼女は続けた。
「同窓会、だめだったの?」
チクリと胸を針で刺されたような痛みが走る。
「ごめん。あたしが行けなんて言ったからだよね」
「違うよ。身の程をわきまえなかった僕のせいなんだよ」
冬花ちゃんは眉根を寄せた。
「やっぱさ、僕って人から好かれる人間じゃないみたいなんだよね」
「どうして? 宮越さんは友達じゃないの?」
「本当の友達じゃないよ」
「あはは。あたしと同じようなこと言ってる。野本さんとはうまくいかなかったんだね」
本当は好かれていたどころか、憎まれていたのかもしれないとは、さすがに言えなかった。
「もう、わかんないや。自分ではまともなつもりなんだ。でもさ、いつの間にか嫌われちゃってるんだ。学校でも、職場でも、プライベートでも」
隣人の前原さんの顔が頭をよぎる。
「子供の頃から、ずっと孤独なんだ。僕の何がいけないんだろうね」
冬花ちゃんはガードレールに寄りかかったまま、何も言わない。
「教えてくれたらいいのに。お前のここが嫌いだから、直せよってさ。空気読めてないぞ、もっと気をつけろよ......とかさ」
誰からも必要とされず、見向きもされない。
そんな日々が積み重なって押しつぶされた結果、今の自分がいる。
大人になれば、友達の一人や二人出来るかもしれないと思っていた。
だけど現実は今もなお、変わらない。
「北村くん、ご両親は?」
「さあ。今はどこにいるのかも知らないよ」
「そっか」
家族とか、親戚とか、そういう血の繋がりにすがるのはもう諦めている。
だからこそ、友達という存在は僕の人生にとっての灯りのようなものなのだ。
自分がこの世界にいて、誰かに求められている。そう実感できる居場所。
それが僕にとっての友達だ。求め求められる、そんな関係。