黄色や赤に染まり始めた葉が、くるくると転げまわる秋の午後。
 町のはずれにあるこじんまりとした三毛音(みけおと)書店は、大賑わいとまではいかないが、ありがたいことに今日も客が途切れることはない。重量のある本を淡々と運びながら、ここで働く猫田(ねこだ)(りょう)も自動ドアが開く度「いらっしゃいませ」と出迎える。顔は極力上げはしないが。

「猫田くん、今いいかい? 探している本があるんだけど」
「あ、田中さんおはようございます。それならこっちっすね。一緒に行きます」

 数人いる店員の中から、わざわざ涼を探して声をかける客がたまにいる。そのほとんどが老齢の人たちだ。何十年も生きてきたから涼の容姿に怯むことももうないのか、はたまたその本質を見抜いているのか。見上げる先に派手な金髪が揺れようが、ジャラジャラといくつものピアスが光っていようが、構いはしないようだった。

「ああ、これだ。いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそいつもありがとうございます、っす」

 小さな達成感を確かに胸に灯しながら、涼は小さく会釈して先ほどまで勤しんでいた作業に戻る。
 涼は幼い頃から本が好きだった。高校に上がってすぐこの書店でバイトを始めて、卒業後に正社員として雇ってもらった。懇意にしてくれる客たち同様、店長も涼を可愛がってくれているし、同僚たちとの仲も悪くはない。現状に不満はない。
 新しく入荷した本を、新刊コーナーにどう配置しようか。腕を組んでじっと眺めていた涼の視界の端に、ひとりの女性客が映った。きょろきょろと辺りを見渡している様子に、探しものがあるのだとすぐに気づく。だが、自ら声をかけることは極力しないと決めている。他に手の空いている者はいないだろうか。レジのほうを見ると、運悪く混雑している。近くの棚にも誰も見当たらない。仕方なく涼はそっと深呼吸をしてから、その客に声をかけた。

「あのー……」
「はい。っ、え、っと?」

 やはり、だ。
 自ら涼に声をかけてくる者は稀有な存在で、この反応こそが涼にとって“普通”であった。ビクリと跳ね上がった肩と見開かれた目に申し訳なく思いながら、涼は「他の店員呼んできますね」と伝えてその場を離れ、小さく細くため息を往なす。
 大丈夫、もう慣れている、いつものことだ。こんなナリをしているのは自分の意志だし。怖がられることに不満を抱いたり、それでも分かってほしいと理解を求めることなんて、もうとっくの昔に放棄したのだ。