「あれ、先輩。 首のとこ、赤くなってますよ」
「え…」

首、と言われてそちらに手を当てる。

さっきまで汗をかいていたからマフラーをしていない。
それどころかかなり着崩しているせいで、きちんと制服を着ていてギリギリ隠れる位置にある昨日のアレが見えている…ということだ。

部活中は動いていたしタオルを首にかけたりしていて目立たなかったのだろう。

街灯にちょうど照らされて露見した噛み跡。赤く色づいているおかげで何の跡かまでは分からないはずだが。

柊のやつ、こうなることを分かっててこの位置に――

俺は内心焦りつつ、さも今気がついたかのように振る舞う。

「あー、なんだろ。言われてみればちょっとかゆい…かも…」

この時期に限って虫刺されは可能性が低すぎる。
誤魔化せるか…?

「…手を出すなって牽制されてるみたい」
「え、?」

ぼそりと呟かれた中野の言葉に驚いて彼を見やる。

俯いた彼の横顔は至って普通だった。俺が見ているのに気づくと、柔和な笑みを浮かべて言った。

「早く治るといいですね」

どことなく影を感じるのは俺の考えすぎだろうか。

俺は今更ながらマフラーを巻いて首元を隠す。

「じゃあ僕はここで。遥風先輩、また明日」
「ああ、…またな」

中野はにっこりと笑っていたが、俺は微かな違和感を覚える。

さっきの言葉は柊には聞こえていなかったようだが、今明らかに、中野の柊に対する態度が変わった。

柊の方は見向きもせずに去っていった背を見送り、ひとり胸がざわつく。

中野と分かれたところで柊はようやく表情を見せた。

にっと口角を上げて微笑む柊に、俺は心底苦々しい顔をする。

柊が中野も一緒に帰ることを快く受け入れたのはこのためだったわけだ。

「おまえ、俺が部活の後制服着ないって分かっててやったな」
「ナイス位置取りでしょ?」
「どこがだ!」

悪びれもしない柊にこれ以上怒る気も無くなった。
俺はため息を吐き出して、柊の右手を取る。

夜だし。暗いし。見えないし。

「…コンビニ。もうこんなに手ぇ冷やしやがって」
「遥風がいつになく積極的」
「うるせー」

嬉しそうに握り返してくる彼の手を引いて、俺たちは暖を取るために寄り道をして帰った。