「柊」

ベンチに座っていた横顔に声をかけると、柊はぱっと顔を上げてこちらを見た。

「大丈夫だった? 話せた?」
「ああ。あの時のこと、謝ってもらった。なんかスッキリしたわ。俺、自分が思うよりずっと気にしてたんだな」

どかっと柊の隣に腰を下ろす。
俺は彼の方に向き直り、たまに危なげな熱を孕む意志の強い瞳を見つめた。

「ありがとう、柊。おまえいなかったら、俺また逃げて一生引きずったままだったと思う」

ぽかんとした後、柊は眉を下げて不器用に口角を上げた。

「…なんだよその顔」
「いや〜、遥風に頼ってもらえて嬉しい気持ちと、遥風がもうひとりでも大丈夫になったのが寂しい気持ちが複雑に絡み合って……」
「何言ってんの。俺が大丈夫になったのは、柊がいたからなんだけど」
「そっかそっか〜。それも嬉しいなぁ」
「浅井や海堂には謝らなきゃな。勝手なことした」
「あいつら、いいやつでしょ?」
「ああ。2人にも感謝してる」

柊は周りの人間を大切にする。だからそんな柊を慕う人間も自然と暖かい。

その心地よい温度にあてられて、人間関係に疲れて頑なだった俺の心がまんまと絆されるわけだ。

「ってことで、2人で周ろ。まだ時間はたっぷりあるよ」
「…歩いてたら浅井と海堂にも追いつくかもな」
「もー。真面目だなぁ、遥風は。ちょっとくらい別行動しても平気だって」

柊は眉根を寄せて言うと、徐に俺の首元に手を伸ばす。
マフラーが落ちかけていたらしく、丁寧に解いて巻き直してくれる柊を何の気なしに見つめていたら、顔を上げた柊と視線がかち合う。

柊は巻こうとしていた布をふたりの顔を隠すように広げ、軽く口付けた。
一瞬の間、通行人がいても俺たち以外には分からないやり取り。
周りの何も聞こえなくなって、俺は柊のいたずらっぽい表情に釘付けになった。

「キスしてほしそうに見えたから。違った?」

俺にそんな気がなかったことくらい分かってるくせに。

「それはおまえの方だろ。…別にいいけど」

柊は屈託なく笑う。優しく甘い笑顔が冬の寒さをも暖めてしまうんじゃないかと、柄にもなく馬鹿みたいなことを思った。