廊下を走り、階段を駆け下りた。
やっぱり柊はこういう時、いなくなるのが早い。
俺は迷わずに彼の背を捕え、また走った。

なんであいつを追っているのかは、自分の気持ちに気づけば簡単なことだ。
自信がなくて、認めたくなくて、見ないようにしていた確かなもの。

案の定、触れかけた腕はするりと抜けて俺の右手は空を切る。

「柊!待てって、!」
「なに?駒木さんと付き合ってるんでしょ。置いてきちゃダメじゃん」

ああ、やっぱり。柊は俺と目を合わせようとしない。だがやっと掴んだ手首には力がこもっていなくて、逃げるのは諦めたらしい。

「それ、違うから。駒木さんとは付き合ってない。誤解なんだよ」
「…じゃあ昨日のは? 駒木の手を引いてふたりでどこかに行ってたって、朝から学校中で騒ぎになってた。遥風は気づいてなかったみたいだけど」
「え、マジ? 全然気づかなかった…言われてみれば今日、やけに視線を感じたような……って、そうじゃなくて! あれは駒木さんが落ち込んでたから話を聞くために、そこの公園に行っただけなんだよ!」

言い募る俺に柊は分かりやすく顔を顰めて視線を落とす。

「なんでそんな必死になってんの? 俺に言い訳する必要ないでしょ。 悪いけど俺今、遥風に優しくできない。優しくする余裕ない。手、離してよ」

伝わらない。これじゃあ駄目だ。何も変わらない。
1番言わなきゃいけないこと。逃げるな。これ以上柊を傷つけたくないだろ。

拘束から逃れようとするその手を離すまいとばかりに、ぐっと力を込める。
驚いたように顔を上げる柊。
俺は早まる鼓動に気づかないふりをした。

「柊が好きだから。おまえにだけは、誤解されたくない」

爽籟だけが鼓膜を揺すり、数瞬、時間が止まったような気さえしていた。

柊の薄く開かれた唇がわずかに動く。

「…俺のこと、嫌いになったんじゃないの?」
「どういうことだ」

思わず低く響いた声にも柊は臆することなく俺を見据える。

「触るなって言った」

しん、とまた空気が冷たく静まり返って、俺は額に手をやり項垂れた。

「…あんな言い方して悪かった。一昨日、告られてたの見たんだ。おまえが他のやつに触れてたのがどうしようもなく嫌で、だから、その、」
「嫉妬してたってこと? 遥風が?」
「そ、そんなにはっきり言うなよ」

信じられないという顔で柊が目を瞬かせるので、俺は熱くなった顔を誤魔化すようにそっぽを向く。
柊は深く長く大きく息を吐き出すと俯いてしまった。

引かれた…?

今度はさあっと青ざめる。なんか言えよ、柊の馬鹿野郎!