いつか『手とか繋いでみる?』とふざけた顔で俺に触れた。柊の部屋で俺の頬を包んだ手が、知らない女子を慰めるために使われている。

行き場のない感情が出口も分からずに胸の中で暴れて膨れ上がった。

これはなんだ…?どうして俺は、嫌だなんて思ってる?これじゃあ俺が駒木さんといると機嫌が悪くなる柊と同じじゃねーか。

人たらしで誰にでも人の好い笑顔を向ける柊が嫌いだ。別に俺じゃなくていいんだろ。どこかでそんな風に嘆いていたことに気づく。

思えば今までだって、柊に対して自分が知らない曖昧な感情をいくつも抱いた。名前がつかない、いや、どう付けるべきか分からないモヤモヤしたやつ。そんなふうに心を揺さぶられるから、それも柊の嫌なとこだった。…でも、全部俺自身があいつに惑わされて、絆されてきただけだ。

「――雨谷?」

浅井に呼ばれて我に返った。

「ああ、あれ柊か? うわ、あいつまた告られてんじゃん。あれで誰とも付き合わないとか贅沢なやつだぜ」

俺の視線の先の柊を見つけ、浅井は恨めしげに顔をしかめる。

「部活、行こう」
「おう? どうした?変な顔して」

またもや訝しげな顔をした浅井の問いに答えられなかった。

変だ。曖昧でバラバラだったものが、ひとつの形に収まろうとしている。今までの全部、名前のなかった感情の正体。

ほっとけないとか大切とか、キスをされて嫌じゃなかったことも、これで説明がついてしまうのだ。

柊は可愛くなんかないのに。こんなの初めてでどうしていいか分からない。
転校してきてから柊に振り回され、キスのせいで意識せざるを得なくなった。ただ、柊の何かに火をつけたのは間違いなく彼を助けるために俺がしたキスだという事実には頭を抱えたくなる。

モテ男に告白までされてまんまと落ちることになろうとは、露ほども思わなかったのだ。