「おまえ、何してんの? 帰ったんじゃ…」
「担任に用があって職員室行ってた。遥風、まだいるかなって見に来たんだけど」

…こいつ、絶対怒ってる。声がいつもより低いし、微かに眉間に皺を寄せてるから目つきが悪い。

「…邪魔してごめん。先帰るから」
「待てよ、柊、おまえなんか怒って、」
「雨谷くん! 今日はこのくらいで終わりにしよっか。だいぶ進んだし、この調子なら来週には完成しそうだよ」

口を挟んだのは駒木さんだ。スタスタと教室を出ていった柊の背を一瞬追って、俺は両手を合わせて謝る。

「ごめん。そうさせてもらう。 また明日!」
「頑張れ。雨谷くん」

教室を出る時駒木さんがそう呟いた気がしたが、何のことかは分からず俺は階段を駆け下りた。

あいつ、歩くの早すぎだろ!
昇降口を出ると柊はすでに正門を曲がろうとしているところで、俺はまた走った。

…待てよ、なんで俺追いかけてんだっけ。柊が怒ってたから?
駒木さんにも気を遣わせて、何してんだ俺……わっかんねぇな。

「もー、全部クソ柊のせいだ!」

なんかほっとけないんだよ。あいつのことは、何故か。
独り言は冷たい風に攫われて消えて、俺は柊を捕まえた。

「…なんでそんな息切らしてるの?」
「おまえが、どんどん遠ざかってくからだろ!」
「…駒木は?」
「なぁ、なんで怒ってんの?」

質問返しをした俺に柊はあからさまに嫌そうな顔をする。それからそっぽを向いてツンと言うのだ。

「怒ってないし」

めんどくせーやつだな。こいつはいつもそうだ。それのどこが怒ってないになるんだよ!

「別に追いかけて来なくて良かったのに」

なおも言い募る柊に、額の血管が浮き出るのを感じながら頬をひくつかせる。

「……だったら、なんでそんな顔するんだよ」
「そんなって、どんな、」
「怒ってんのに、泣きそうなのはなんでかって聞いてんの」

柊はばっとこちらを睨みつける。全く怖くない。俺は負けじと鋭い視線を返した。いい加減答えろ。おまえが何考えてるか、俺には分からないことだらけなんだよ。
ぐっと唇をかみ締め、柊は俯く。

「…自分の心の狭さにイライラしてるだけ」
「…はぁ?」

どういうことだ…?やばい、これ、言われても分かんねぇとか俺が鈍いのか?

「遥風が、駒木といるの分かってたのに教室行って、楽しそうに話してるの見て勝手に落ち込んで、イライラしたのをぶつけたんだよ」
「それって、」
「ただの嫉妬。ほんと俺、余裕なくてダサい」

自嘲気味に零す柊に、俺は何も言えなかった。
俺をからかったり弄んだり、余裕な柊しか見たことなかった。
でも、あの時、あの時のキスは……柊に、いつもの飄々とした感じはなくて、ただ切なくて苦しそうだった。
今も、柊の表情は苦痛に歪んでいた。

柊にこんな顔させてんのは、俺…?