「もう1回してよ」
「……は?」

一度言い出したら止まれなかった。キスされてひとりで喜んでいた自分が恥ずかしくて虚しくて、キスなんかしてきた遥風に腹が立った。

俺はこんなに、おまえのことが好きなのに。どうして……

「遥風は…嫌?俺とキスするの」

遥風は言い淀む。

「…い、いやにきまっ…て…んだろ…。何が楽しくて野郎どうしでキスなんかしなきゃなんねーんだよ」

ズキンと馬鹿正直に胸が痛んだ。遥風の笑顔を見て彼が好きだと思った時のとは、種類の違う痛みだ。


それからしばらくは、遥風と顔を合わせるのが辛かった。あのキスが忘れられない。顔を見ると胸が疼いて仕方なかった。

話をしようにも遥風に近づいたら今度こそ手を出してしまいそうでできなかった。
悶々と一週間を過ごした。ある時、俺は日直の記録を書くために放課後教室に居残っていた。
今頃、遥風は駒木と一緒か。ふたりが並んで歩いているのを想像するだけで、言いようのない醜いものが湧き上がってくる。

「人を好きになるのって、こんなに苦しかったっけ」

ぽつりと呟いた自分の声は寂しく響いて消えた。

そこへ遥風と駒木がやってくるのだから、俺はさらに落ち込んだ。
ふたりは修学旅行実行委員として真面目な話をしているだけなのに、そんなことまで羨ましい。

俺はさっさと自分のことを終わらせて帰ることにした。
これ以上見ていたくない。駒木に向けられた遥風の優しい顔も、柔らかい声も聞きたくない。

帰り道、通りがかった河川敷でなんとなく目に入った男女がいた。

「――ずっと好きでした。付き合ってください!」

女の子の方が懸命に言葉を紡いでいる。
俺はハッとした。

好きって、言ってない。

正確には言ったことはあるけれど、あんなの伝わっていないんだから意味が無い。

ちゃんと告えば、意識くらいはしてくれるかな……。
それにはがっつかずに真面目に冷静にいかなければならないけれど、果たして俺は理性を保っていられるかどうか。