やがて柊は俺と視線の高さを合わせると、ゆっくりと口を開いた。

「遥風が好きだ」

俺はまだ整わない吐息を漏らす。

「俺は遥風と、キスしたい」

それは、この間の保健室での言葉の続きみたいだった。

「キスだけじゃなくて、その先も。遥風がどんな顔をするのか考えただけで、苦しくて、抑えられなくなるんだ」
「ひ、いらぎ…、」
「…気持ち悪いって、思った?」

柊は悲痛な面持ちで俺を見た。心臓がどくんと跳ねる。

「そんなことっ、おもわ、ねーよ…」

自分で言って、自分が一番驚いた。

気持ち悪いなんて思っていない。それどころか、俺、…キスも、嫌じゃなかったんだ。

「遥風ならそう言ってくれると思った」

柊はふわりと笑みを作った。ほっとしたような、張っていた気が解れたような、そんな顔。

「ごめんね。最近、遥風のこと避けてた。…近づいたら、今みたいに遥風のことめちゃくちゃにしちゃいそうで…傷つけたくなかった」

困ったように眉尻を下げ、柊はおどける。

「って、結局襲っちゃったんだけど」

不意に柊が手を伸ばし、俺の制服の襟に触れた。反射でビクリと肩を震わせると、柊はまた切なげな顔をする。

「ごめん。もうしないよ。 乱しちゃったから、直しただけ」

俺は、どうしていいか、なんて言えばいいか、さっぱり分からなかった。

柊の苦しそうな顔、俺の、自分でもよく分からない感情。
あんなキスをされて、好きだと迫られて、俺は……

「もう、しないから。 遥風のことも避けたりしない。…遥風は、俺のこと嫌になったかもしれないけど。その時は、俺の事は無視していいよ」

嫌になったりなんか…してない。
けど、今の俺にはそれを伝えられる余裕がない。

「…帰る」

自分でも処理しきれない事が多すぎて、俺はただ静かにそう呟いて、力の入らない足でその場を去ることしかできなかった。