「…くん、雨谷くん! 大丈夫?」
「えっ、あ、ごめん、駒木さん。なんだった?」

だめだ。今はこっちに集中しないと。
駒木さんは一拍置いて、にっといたずらっぽい顔をする。

「柊、もう帰ったよ。ずっと気にしてたでしょ」

うっと俺は詰まる。落ち着かないのがバレてたとか。ダサいな、俺。

「喧嘩中?」
「喧嘩…というか、分からないんだけど…俺が、怒らせたかも、?」

最早それも分からないが。柊は俺に怒っているのかもしれない。あんなことされたら、そりゃ、そうか。

「柊って分かりにくいところあるよね。 基本誰にでも優しいしにこにこしてるけど、ほんとは何考えてるんだろってよく思ってたもん」

駒木さんは腕を組んで真剣に話す。

「そう、なんだよ。 あいつほんと、本心が見えないっていうか…」
「そういう相手には直球ストレートに聞くしかないよね! なんで怒ってるのー!って」

横向きに拳を突き出してみせる駒木さんに、俺はふっと吹き出した。表現の仕方が大胆だ。

「…雨谷くんって、笑うともっと優しいね」
「え、?」
「柊がその笑顔を奪ってると思うと、私なんかムカついてきた。雨谷くん、文句言っていいと思うよ!」

そうだよな、分からないなら聞くしかないよな。柊とこのまま気まずいままなのは、なんとなく嫌だとも思うし。

「ありがとう、駒木さん。 柊と話してみるよ」
「それがいいよ!」
「てか、俺が言い出したのに集中できてないし、関係ない話しちゃってごめんね」
「全然! それに、雨谷くん器用だから意外としおり作りも捗ってるよ」

駒木さんが俺の手元を指す。
…ほんとだ。無意識に手は動かしていたみたいだ。


それからしばらく作業を続けて、ようやく終わりが見えてきた時、見回りの教師が教室にやってきた。

「君たち、そろそろ下校時刻ですよ。 学校行事に精を出すのは良いことですが、キリをつけて帰りなさい」
「はーい」

背が高く黒縁メガネが良く似合う小顔の彼は国語科の教師で、女子生徒からクールなイケメンだと人気だったはず。
俺は教わっていないが、たしか駒木さんのところの担任だったよな。
適当に返事をして、もう少しだけ作業を続けようと思ったら、駒木さんが立ち上がって教師の方へ駆け寄る。

「高瀬(たかせ)先生! 先生がオススメしてくださった本、読みました!感想文はまだ書けてないんですけど…」

高瀬っていうのか、この教師。…って、いやそれより、駒木さんって………

「そうですか。 では、駒木さんの感想を聞けるのを楽しみにしています」

めっちゃ塩対応じゃん、高瀬センセイ。俺は背中越しに繰り広げられる会話をなるべく気配を消して聞いていた。

高瀬先生はもう一度俺たちに帰宅を念押して去っていった。

戻ってきた駒木さんはあからさまに嬉しそうで、楽しそうな表情をしている。駒木さん、こんな顔もするんだ。あいつにしか見せないんだろーな、これは。

「な、なに? 雨谷くん」

思わずじっと見てしまっていたらしい。駒木さんはどこか居心地悪そうに目を逸らす。

「…駒木さんも、すっごい優しい顔してる」
「え、えぇ!?」
「ははっ。驚きすぎ。 …高瀬先生って修学旅行、新幹線は7号車だったよね。俺、座席近かった気がするんだよねー」

わざとらしくしおりを捲って座席表を示せば、駒木さんは顔を真っ赤にして俺を睨んだ。

「…雨谷くんのイジワル」
「席、変えとく? このくらいならバレないよ」
「うぅ…おねがい…します……」

残念だったな、男子たち。駒木さんは大人の男が好きらしいぞ。あの人には勝てねぇだろ。大人の色気大爆発、余裕たっぷりの紳士って感じで。
俺は密かにマドンナの恋路を応援することとしよう。