背の高い男が立っている。センターパートの黒髪は無造作に散らかっていて、シャツは飛び出しているしだらしない。寝起きか?
それなのに、綺麗な顔立ちをしているなと思った。

「ヒイラギ!やっときたな! おまえ初日から重役出勤かよー!」

俺に最初に話しかけてきた男がそれなりに大きな声で言うと、どっと笑いが起こる。
それから口々に彼…ヒイラギを揶揄うような声が飛ぶ。

ヒイラギは終始気の抜けた笑顔でヘラヘラと対応し、席に着いた。俺の横だ。たしかに横が空席だった。
クラスの中心にいるやつ。関わらないべき人物ナンバーワン。そう認識して、なんとなく目で追っていたのを逸らす。

と、俺の机に影ができた。

「ね、もしかして転校生? 俺、柊汐凪(ひいらぎ せな)。よろしく」

柊汐凪は、教卓では担任が次の話を始めているのを慮ってこそこそと話しかけてきた。
俺は内心びっくりして、それからイラッともした。ぱっと顔を上げた時、存外相手の顔が間近にあったからだ。

距離近すぎだろ。あと、急に声掛けてくんな。

とはいえわざわざ嫌われにいくのは得策では無いので、平常心を取り戻そうと視線を落とす。
すると何を思ったのか、柊汐凪は俺の手元のプリントを覗き込んで言う。

「雨谷……ハルカゼ?」

それは、俺の名前を読んだのか。配られたプリントは提出が必要なもので、右上に名前を書いていた。それを読んだのだろう。正直訂正するのも面倒だとは思った。だが、やはり無視を決めて嫌われるのは避けるべきだろう。

おそらく柊汐凪はカースト上位、男女問わず好かれている系だ。男の俺でも顔がいい、イケメンだと一目見て思ったのだから、その点で言えばクラス外でも人気がありそうだ。

1番波風立てず目をつけられないためには、普通にこちらも自己紹介をして終わらせることだ。

「はるか。これではるかって読むんだ。 よろしく、…柊くん」
「呼び捨てでいいよ。 隣の席だし、仲良くしような!」
「分かった、柊」

仲良くはしないけどな。
心の中で呟く。特別な友達とかそういうのを作る気はない。男女の友情なんて以ての外。嫌われさえしなければ、それでいい。


転校初日、俺は本気でそう思っていた。