…って、なんで俺は嫌いなやつとわざわざ放課後居残り勉強してんだよ……。
安易に約束してしまった数時間前の自分を恨む。
誰もいない教室は静かで、柊がノートに英文を書き連ねる音だけが響いていた。
「…そこ、綴り間違ってる」
思った通り教えることなんてほとんどないのに付き合ってやる俺…優しいよな。自画自賛しながら柊の手元を見ていたら、彼はぱっと顔を上げて微笑む。
「ほんとだ。ありがとう、遥風」
ひとつの机を挟んで向き合っているから、存外距離が近かった。
再び視線を落として課題を進める柊。
ほんと、綺麗な顔…してるよな。
伏せられた長いまつ毛。集中しているためかいつもより引き結ばれた血色の良い薄い唇。時折考え込むように眉間に皺が寄るから分かりやすい。
…こういう時は、よく顔に出るんだな。いつもはのらりくらりとした発言ばかりで掴みどころがないのに。
「…なに? そんなに見られると緊張する」
ぼうっとしていたら、柊が顔を上げていた。少し怒ったような表情で文句を言っている。俺は不覚にも彼のことを見つめていたのを自覚して、反射的に目を逸らした。
「べつに。 終わったのかよ。もう30分経つぞ」
「ちょっと待って。あと少しで終わる」
すぐに柊がペンを動かしはじめたのを見て追究されなかったことに俺は密かにほっとした。
見惚れていたわけじゃない。今のはそういうんじゃない。
ただ……ただ、なんだ…?
あーもう。やめだ。こいつなんかのことで頭を悩ませるのは時間の無駄だ。朝、浅井や海堂にも言われたし気をつけなければ。そういえば、あいつら2人は俺が柊に懐いているとか誤解したままだっけ……いろいろと考えていたら、ガララと教室の戸が開く音でハッとする。
ひょこっと顔を出したのは駒木さんだ。
「よかった、まだいた。 雨谷くんたちが教室で勉強してるって聞いて」
「ああ、柊が勉強見てほしいって言うから、少しだけ。駒木さん、どうかした?」
駒木さんは手に持っていたプリントを掲げて遠慮がちに言う。柊のことを気にしているようだ。あいつは勝手にやっているから大丈夫なのに。
「修学旅行のことで相談があって。今、いいかな?」
「いいよ。 ここ、机借りよう」
駒木さんを教室に招き入れ、一応柊の様子をちらりと伺う。こちらを気にする素振りもなく集中しているようだったので、俺は構わず駒木さんの話を聞くことにした。