俺はここ最近でいちばん穏やかな気持ちで彼の顔を見て微笑む。柊はこちらを見ない。

「怒るよ。俺、遥風のこと好きだから」
「え、俺今告られた?」

今だけいつもと立場が逆転しているような気になって、俺は揶揄うように言う。
柊は前を向いたまま何も言わなくなった。

「柊? まだ怒ってるのか?」
「…あ、家ついた。 送ってくれてありがとう。飲み物も。遥風も気をつけて帰ってね」
「お、おう…」

途端にいつもの雰囲気に戻ってにっこり笑い、さっさと家に入っていってしまう柊の背を見ながら新たな靄が胸に巣食っていくのを感じる。
さすがに告られた…わけじゃないだろ。
また揶揄われただけだよな。
柊なんも言わなかったし。

冗談なのか本気なのか分かりにくい。読めないやつだ。そんな彼だから、自分の話をできたのかもしれない。

俺はその日、帰宅する足がとても軽かった。どこか吹っ切れたような気分。帰って親に言われた。「何か良いことあった?」なんて。「べつに」と答えたけど、家族は転校前から俺の様子がおかしかったことに気づいていただろう。
俺ってほんと、ガキだよなぁ。

つくづく思って、俺は自分を徐々に取り戻していくような感覚とともに眠りについた。帰り際の柊の言葉はすっかり忘れて。

降り積もった雪がとけるように穏やかな夜だった。