それからしばらくは、社外取締役として活躍する日々が続いた。
 まずは、改めて清水の父に会った。
 すでに、教授会で打診してくれていたらしく、学校側も地元企業との産学連携に前向きとのことだ。
 売り上げの分配や、クレジット表記などの契約の詳細は、経企の二人が窓口となって、対応してくれることになった。
「あの二人、一応仕事ができるみたいだな」
「綺里姉にだけは、言われたくないでしょうね――。清水くんといえば、静はキスまでしたみたいです」
「ふむ。もう一回、釘をさしたほうがいいな。享楽であーしの言いつけを忘れてる可能性がある」
 次が村野だ。
 中之島トレーディングのECサイトで販売することになるかもしれない、と匂わせたときには、ほとんど信じていなかったが、それが確定したことに加え、最大限順調に推移すれば、ふるさと納税の返礼品にできるかもしれないと伝えると、一メートルほど飛び上がって喜んだ。
「いいんですかっ?!私なんかにそんな良くしてもらって」
 それから急速に不安そうな表情に変わる。
「あ……。でも何か裏があるんですよね。代わりに臓器をよこせとか、そういうのが――」
 その反応を見た瞬間、薄闇に光明が差した気がした。
「もし、何かお礼をしたいってなら、一つ頼みがあるんだけど――」
 ダメ元で藤阪の雇用について相談すると、驚いたことに、彼女は二つ返事で了承した。
「いいの?バイトじゃなくて、社員だよ?社会保険とか、そういうのあるんでしょ?」
「全然大したことありません。馴染みの社労士さんに丸投げしますから。人手が全然足りてないんです。今いる社員さんは父親の代からの方ばかりで、口を開けばもう辞めさせてくれてって。だから、その高校生の方が本当に来てくれるのか、そっちが心配です」
 最後が、その藤阪だった。
 彼女のバイト先の近くのカフェ。涼葉と二人での待ち合わせだ。
 夕方の買い物客と会社員、それに学校帰りの学生たちが入り交じる中、不思議そうに姿を見せた彼女に、これまでの経緯を話すと、喜ぶどころか、怯えたような表情になった。
「何を考えてはるんです?自分みたいな人間に、そこまで良うしてもらう理由がわかりません。浮かれて行った先が蟹工船なんと違いますか?」
「ほう。意外に学があるじゃないか。さすが本屋でバイトしているだけのことはあるな。理由と問われて、はっきりこうだと説明できるわけでもないんだが――」
 あえて言えば、綺里や涼葉が裕福だから、だろうか。正直にそう告げれば、金持ちが貧乏人を道楽で助け、自己陶酔しているだけ、と批判されるかもしれない。
「綺里姉のひらめき、なんだと思います。今にして思えば、最初に静に部活見学のお願いをしたところから始まって、清水くんの学校を紹介してもらい、そこで藤阪さんを見つけ、自転車に興味を持ったから、今度は村野さんと出会い――ってことじゃないですか。ほとんど、わらしべ長者だよね」
「はあ、わらしべ長者、ですか……」
「給料はそんなに期待しないでほしいんだ。入学金と前期の授業料くらいになればいいなって思ってるんだけど。どこか行きたい大学、あったりする?」
「いえ……。真剣に探したことなかったんで。でも、先輩たちがいはるんやったら、桜桃に行けたらええなって――。ほとんど憧れですけど」
 彼女の口からその名前が出たあと、総合型選抜のことを伝えると、可能性は低くとも、それに命を賭けると顔を紅潮させた。
「当面の仕事はチョウチョの餌運びになると思う。それは問題ないかな。距離は二十キロもないらしいけど、高低差が結構あるみたい」
「それくらいは楽勝です。必要やったら自転車で発電機回すくらい、全然しますから」