その日の夜、遅くに帰宅した父が、寝酒にビールを飲み出した姿を見て、村野を思い出した。
「パパ。地元産の山椒ビールって飲みたいと思う?」
「クラフトビールってやつか。いいんじゃないか。もし山椒まで地産地消なら、評判になりそうだな」
「やっぱりそうだよね。ちなみに、いくらなら買う?」
「毎日飲むなら300円以下かなあ。どっかで売ってるのか?」
 村野の事情を話すと、そばで聞いていた母親が口を開いた。
「そういうのって、贈答用とかじゃない?だとしたら安いのは逆に良くないと思うけど」
「そういうものなんだ」
「特に目上の人に送るならそう。お中元とかお歳暮に出すとき、安物は選ばないでしょう?今はすぐ値段とか、調べられるんだし」
「あと、店に置いてもらうにしても、女性の来客が多いところにしないとダメなんじゃないか。仕事帰りのおじさんが、酒や料理を写真に撮るとは思えないけどな」
 なるほど。二人とも、無為に酒を飲み、やみくもに年を重ねているわけではないらしい。
 綺里が素直に感心したからか、父は上機嫌になり、価格を上げるだけの何か付加価値が必要だ、などと饒舌に語り、その夜はいつもより一本多く、缶を開けた。
 付加価値か。
 地産地消はSDGsにも繋がる。それは今や、企業価値を高める有力な要素だ。
 そこまではぼんやりと理解できた。ただ、肝心の、農家の状況をどう改善するのかが見えない。
 理由も明白、綺里が社会の仕組みをあまり理解していないから。事業経営したことがないから。
 この件を相談をするとして、誰が適当だろう。
 父親は接待魔人で除外。マリンさんは恋愛担当。涼葉にはさすがに荷が重いだろう。
 仕事がそこそこできそうで、味方に引き込めそうな人間となると――。
 仕方ない。
 切り札は最後まで出してはいけないと、昔読んだマンガに書かれていたが――今回ばかりはそうもいかないようだ。