その日の夜、派遣先についての詳細が記載されたメールが早速届いた。
 初出勤は次の金曜日。住所は淀屋橋、オフィス街だ。一階ロビーで受け付けを済ませ、七階の役員会議室へ向かうよう指示があった。
 ふむ。最近のエステはしっかりした組織らしい。
 自室を出てリビングに行くと、テレビに動画を映しながら、トレーニングウェア姿の母親が奇妙な動きをしていた。
「それって、ヨガ?ピラティス?」
「二つのいいとこ取りをした、ヨピラティっていう、新しい運動よ」
 いいとこ取りを売りにした商品の多くは、実際には悪いとこ取りだと、何かで読んだことがある。
「そうなんだ……。ところでママ、ひらふくってどういう意味か知ってる?」
「それ、平服(へいふく)じゃないの?平服でお越し下さいって」
「すごい。何でわかるの?超能力者?」
「逆にそれ以外の使われ方知らないわ。意味は、フォーマルな格好をしなくていいってこと」
「何でわざわざそんなこと書くんだろ。スーツで着て下さい、ってならまだわかるけど」
 そう言うと、彼女は動画を一時停止して、汗を拭きながら、綺里に向き直った。
 過去に何度も見てきた、説教をする前の目だ。
「あーし、また変なこと言った?」
 そう言うと、今度は視線を落とし、深いため息をつく。
「ねえ、綺里ちゃん。そのあーしっていうの、せめて、あたし、にならない?わたしか、わたくし、にしてもらえたら、さらにいいんだけど」
「何度か試したよ。でも、三つ子の魂百までって言うでしょ」
「三つのときはそんな変な言葉遣いじゃなかったでしょう。あーあ。どこで育て方を間違えたのかしら」
 芝居がかって、頭を振った。
「本人の目の前で失敗作的な嘆きをするの、やめてほしい。そもそも、育ててないし、お小遣いだってもらったことがない」
 小学校に入ってすぐ、父の海外赴任が決まった。母は当然日本に残るのだろうと疑っていなかったが、「ごめんね、パパを一人にするとすぐ浮気するから」と無垢な瞳を向け、一秒も迷わずに同行を選んだのだ。結果、綺里は父方の祖父母に預けられることになった。
「そういうこと言わない。誰にだって色んな事情があるんだから」
 娘より男が大事だという感性は、今となってみれば多少は理解できる。が、捨てられた当時は、その前後の記憶がはっきりしないほどに、心に深い傷を負っていたように思う。
「お金だって、綺里ちゃんからほしいって、言ったことないじゃない」
 二人が帰国した頃には、自力で稼ぐことが当たり前になっていただけだ。
「まあいいわ。見た目と言葉遣い以外はいい子なのはわかってるから」
 都合が悪くなるといつもそうであるように、彼女は適当な褒め言葉を並べ、それから、体操を再開した。