翌朝、起きても解答は頭に思い浮かんでいなかった。睡眠中、脳が自動的に知識を処理して、結論を導いてくれるはずなのに。
 携帯に返事もなく、そのまま叔母に返して家を出た。
 昼休み、いつものように三人で食堂に行くと、まるでやり取りを見られていたかのように、そのことが話題に上った。
「キュウヤクシのその後はどうなんだよ」
 退屈な高校生活に、少しの彩りを与えてくれた詩乃には感謝すべきかもしれない。
「実はあと少しで謎が解けそうなんだ」
 前日の出来事を、圭太にしてはもったいぶって伝えたにもかかわらず、なぜか二人は奇妙な表情で、顔を見合わせただけで、盛り上がる様子を見せない。
 それどころか、十島は目を伏せ、無言で食事を再開した。
 その態度の意味がわからず、落居に目を向けると、彼も慌てたそぶりを見せた。
「あのさ、やっぱ部活したほうがいいんじゃないか?俺と一緒に演劇に青春をぶつけようぜ」
「あ、それいい。OMに紹介してもらいなよ」
「意味がわからないけど。そんなのお遊戯の延長だって、十島はいつも悪口しか言ってないじゃないか」
「あー……そうだっけ?はは、よくないわね、やりもしないでそういうの」
「そうだぞ。これからは注意してくれよ」
 二人がいがみ合っている姿しか見たことがない。不気味な光景に背筋が冷たくなる。
「マジでさ。何なんだよ」
 のけ者にされた感覚に、思わず語調が強くなってしまうと、二人は再度目を見合わせ、やがて落居が申し訳なさそうに口を開いた。
「あのさ、怒らないでくれるか?」
 ますます意味がわからない。
 ただ、どうやら二人の間では、何らかの意思疎通がなされているようだ。
「その……さ、叔母さんの仕事なんだけど……」
 彼はもう一度十島を見た。
「何よ、さっさと言いなさいよ。女のあたしに言わせる気なのっ?」
「ああ、そうだな。その、叔母さんの仕事なんだけど……し、娼婦、とかじゃないかなって」
 まったく予期していなかった単語だった。
 圭太では一生かけても出てこない発想だったかもしれない。
「いや、いくらなんでもそれはないだろ」
 即座に返事をしたが、二人は同情したような表情を変える様子がない。
「でもさ、泊まりが多くて外交官がお客だろ?たぶんだけど、かなり高級なランクの人なんじゃないかな」
「そうそう。きっと政府がバックについてたりするんだよ。お金の出元は官房機密費だったりして。そういう意味じゃ逆に安心だと思う」
 どうにか気を使おうと、必死な二人を見て思わず吹き出してしまった。
「逆って何のだよ。いや、絶対ないから、そんなの。だいたいキュウヤクシって名前はどうなったんだ。それに僕に仕事を手伝ってほしいって言ってるんだぞ?」
 しかしすでに二人は冷静さを失っていた。
 十島が立ち上がり、圭太の隣に移動する。
「ね、叔母さんって実際の年齢より若く見えるって、前に言ってたわよね」
 圭太の腕をぎゅっと掴むと顔を近づけた。
「家に二人きりなんでしょ?お風呂のときとかどうしてるの?」
 さっきまでは冗談だと思っていた。今の言葉も、そこまで本気でなかったのかもしれない。昼休みに、クラスメートとの間に交わされる内容の薄い会話だ。むきになる必要なんてない。
 頭では理解していたはずだが、行動を抑えることはできなかった。
 彼女の腕を振りほどき、食べかけのトレイをそのままに、食堂をあとにした。