二学期最終日の朝。
「圭太さん、お話があるの」
 詩乃がいつになく真面目な雰囲気だった。
「冬休みに、一人下宿人が増えます」
「え……。もしかして、隣の部屋ですか?」
 否定してくれと願ったにもかかわらず、彼女は小さく頷いた。
「それで申し訳ないんだけど、今日、学校から帰ったら部屋の掃除を手伝ってもらえるかしら」
「ええ、それは問題ありません。でも、中の荷物はどうするんですか?」
「ほとんどが捨てられる物だから。今までさぼっていただけで、ちょうどいい機会だわ」
 正直、ショックだった。
 ようやくここでの暮らしに慣れてきた。都会とは違い、何をするにも時間と手間がかかったが、不便は愛着につながるということを学んだ。
 庭の柿は想像以上に甘く、果物を好きなときに好きなだけ食べたのは生まれて初めてだ。
 詩乃は適度に無関心で、二階に来ることもあまりない。夜遅くまでネットを見るのも、朝起きるのがつらいのも、すべてが自分の責任だ。
 彼女をうしろに乗せて、仕事場へ向かうのもすっかり日常になった。むしろ楽しみになっていたかもしれない。
 そんな、心地良い空間に、誰かが土足で入ってくる。
 終業式は滞りなく終わり、帰宅の準備をしていると、二人の姿が見えた。
「オーナー、このあと家に来るか?」
「いや、今日はちょっと予定があるから」
「そっか。じゃあ次に会うのはクリスマスパーティだな。今度こそアビーに逃げられないようにしないと」
 その言葉にはっとした。
 そうだ。猫はどうする。彼女もようやくあの家での生活に慣れてきたところなのに。
 もし新たな同居人が男だったら……。
「――ね、聞いている。長坂くん」
「あ、ごめん。何だっけ」
 十島がなぜか頬を赤くして、伏し目がちに立っていた。
「だから、あのことOMに言ってもいいかな?」
「あのことって何だよ」
 不穏な空気を察したのか、落居は声調を低くした。
「うっさいわね。今からあなたの高校生活を終焉に導いてやるわ」
 いったいどうしてそんな物騒な言葉がすらすらと出てくるんだ。
「ね、言ってやって」
「え……と。ごめん、何のことか、本気でわかってないんだけど」
「えっ、本当?お母さんから聞いてないの?長坂くんには伝えておくって、昨夜メッセージくれたのに」
 落居を終焉に導くような情報が、詩乃からもたらされるとは到底思えない。
「たぶん……聞いてない」
「そうなんだ。じゃあ二人にサプライズってことになるんだね」
「おい、いい加減にしろよ。もったいぶらないでさっさと言えよっ」
「ふふん。じゃあ発表しまーす。あたしはお父さんの再婚に先立って、一人暮らしをすることになりました」
 その瞬間、朝の会話を思い出した。
 新しい下宿人。十島の一人暮らし。二つが音を立てて連結する。
「もしかして、僕の隣の部屋に来るっていうのは……」
「なんだ、やっぱり聞いてたんじゃない」
「おい、どういうことだよ。隣の部屋ってっ」
 落居が青ざめている。
「つまり、今度のクリスマスパーティは、あたしたちの家でやるってことだよ、わかる?」
 これまで見た中で最高の笑顔を落居に向けた。
「長坂、マジなのか?そんな暴虐、許していいのかよっ」
「長坂くんの部屋もあたしの部屋も、元はそれぞれのお母さんの部屋だったことになるんだよね?」
 確かに――その通りだ。
「どう、うれしい?」
「え?ああ、そうだね。知らない人だったら正直ちょっと嫌だなって思ってたから」
 十島は、知ってる人なら誰でも良かったの、と少し不満げだったが、その隣で頭を抱えていた落居に気づくと、すぐに恍惚とした表情に変わった。