数日後、父親とともに落居が来訪した。
「いい家だなあ。な、親父」
「そうだな」
 短く答えた彼の父は、髪のほとんどは白く、年は六十過ぎくらいだろうか。痩せてはいるが、筋肉は衰えていないことが見てとれる。昭和生まれの大工らしく、生粋の職人肌だと事前に聞かされていた。
「この壁なんですけど。取り払うことってできますか?」
 居間を見せると、彼は廊下と中を見比べ、最後に壁を手の甲で軽く叩いた。
「こいつはあとから入れたんだな」
「あとから、とはどういう意味ですか?」
「設計上は一部屋だったところ、施工の段階になって間仕切りで二部屋にしたってことだ。だから取るのはいとも簡単ってわけだ」
 思わず叔母を見た。
「私は知らなかった。たぶんお母さんも。お父さんが一人で決めたんだわ、きっと」
 あの祖母へのささやかな抵抗といったところか。
「じゃあ、ぜひ進めたいです。あと、日数と費用を教えて下さい」
「三日もあれば十分だ。もっと若い頃なら一日だったけどな。金はそうだな、五十ってとこだな」
 今度は、落居と目が合う。
 精査された金額でないとはいえ、相場を知らない圭太にも、それが低めであることは理解できた。
「できれば、ちゃんと見積りしていただきたいんですけど」
 いい気はされないだろうと思いつつそう言うと、予想通り、落居の父は眉間にしわを寄せた。
「ちゃんとって何がだ。俺はこの道四十年だ。金額は見ただけでわかる」
 ドラマなどで目にする、典型的な昔かたぎだった。
 日本企業の生産性が低いことをテーマにした、先日のセミナーの内容を思い出した。その大きな理由の一つが、国内には中小企業が圧倒的に多く、業務が効率化されていないからだと。
 今、まさに教科書に掲載されるような事例が目の前にある。客の立場ではありがたかったが、儲けよりも人情を優先しては、経営も苦しいに違いない。
「もしかしたら、落居――光成くんのクラスメートってことで、気遣ってもらっているのかなと思ったので」
 遠回しに言ってみたが、相手の表情は硬いままだ。
 大人のプライドを傷つけないようにする方法がわからず、困っていると、詩乃が一歩前に出た。
「私もそう思います。落居さんはプロの技術を提供してくれるわけですから、それに見合った対価をお支払いするのは当然だと思います」
 それは、彼女自身の矜持から出た言葉に聞こえた。
 温和な雰囲気の人間からの、確信を持った口調に、さすがの頑固者も心を動かされたようだ。
「ここは長坂に従おうぜ。俺も親父の仕事はもっと評価されていいと思ってるんだ」
「まだケツの青いガキが偉そうに指図するな」
 落居の父は憎まれ口を叩いたが、それ以上反論することはなく、「外を見てくる」と、背を向けた。