家に戻ると、芦川はアビーを抱き、詩乃と何ごとか話し込んでいた。
「力になれなくて悪い。それで申し訳ないんだけど、文化祭のことなんだけどさ――」
「今、市ノ瀬さんに相談していたの。あのレンズ、一つ売ってあげてもらえないかって。ずるいんだけど――わたしの写真を撮ってもらうことを条件に」
 そう言って、書棚を指さした。
「どれくらいの値打ちがある物なのかしら。私、そういうのにうとくって」
 レンズを手にして、正面にある文字を携帯に打ち込んだ。
 カメラ本体を調べたときと違い、売買の件数はかなり少ない。
「同じレンズでも、状態によって価格がかなり違うみたいですね。高いと数十万円するみたいです」
「そんなにっ?どうしましょう。金庫とか買ったほうがいいのかしら」
「いえ、湿度を嫌うみたいなので、専用の保管装置があるみたいです。でも、全部で三つしかないですから、わざわざ買うというのも」
「そうね。この機会にちゃんと使ってもらえる人に譲るというのがいいのかもしれないわね」
「確かに。形見ということであれば、本体で十分かもしれません」
「ただ、私と圭太さんはそれでいいとして。やっぱり千紘ちゃんにも聞いたほうがいいのかなって。相続の権利はあるし、偶然とはいえ、すぐそばにいることがわかったんだし」
 芦川の視線が圭太にあったことに気づき、状況を簡単に説明した。同級生がいとこで、文化祭の実行委員であることを。
「市ノ瀬さん、そんな大きなお子さんがいたんですか。本気で信じられないです。二十代かと思ってました」
「きゃあ。そんなそんな。四捨五入したら四十なのよ」
 女二人はしばらく奇声を上げていたが、やがて芦川は猫をそっと床に放して立ち上がった。
「その子に事情を話すなら、わたしも一緒に行こうかな」
「そう、だな。早いほうがいいか」
 まだ気まずいままであったが、第三者がそばにいたほうが、話すきっかけにはなるかもしれない。
 廊下に出ようとした圭太の横を、アビーが素早く通りすぎる。扉の前で後ろ足で立ち、かりかりとひっかく仕草を見せた。
 彼女を抱き上げようとして、その前足の先に、すでにたくさん爪跡があることに気づいた。
「叔母さん。この引っかき傷ってアビーですか?」
 詩乃は圭太の指さす先を一瞥すると、小さく笑った。
「違うわよ。もっと古いでしょう。圭太さんはすごく頭がいいけど、見えてる範囲がとても狭いのね」
 もしかして――これが、以前に話していた仕事のヒントか。だとしたら、もし見つけていたとして、答えにたどり着くことはできなかっただろう。
 靴をはく芦川を待ちながら、十島に連絡しようと携帯を取り出すと、彼女はその手を制した。
「サプライズのほうが良くない?相手に考える余裕を与えない作戦」
 自分の存在を、ためらいなくプレゼント扱いできるようになれば、芸能人として一流なのだろう。