大月駅への道中、塩崎は背中でずっと何かを叫んでいた。どうやらまだ興奮が収まっていないらしい。
 駅に着くと、軽やかにバイクを飛び下りる。
「すみません、走行中は、ほとんど声が聞こえないんです」
「ああ、そうなの。とにかく、レンズのこと、叔母さんによろしく言っといてもらえる?結構本気だからさ」
 彼女はヘルメットを差し出しながら圭太の肩を軽く叩き、タクシー乗り場に向かおうとした。
「あの、すみません」
「うん?」
「その、叔母が給薬をしている場面を見たことありますか?」
「え?ああ、もちろん。何度も。それが何?」
「実は僕は見たことがないんです。それで、普通の人にできないことを、どうやって実現してるのかなって」
「そうねえ、特別なことはしてなかったけど。ベッドに座って、麦丸を膝に抱くでしょ。それで――」
 胸に手を当て、しばらく目を閉じたあと、猫に優しく話しかけながら薬を口に入れる、ということらしい。
「ちなみに、普通はどの部分で猫は抵抗するんですか?」
「そんなの、嫌いな物が口に入るときに決まってるじゃない。アビーちゃんで試してみればわかると思うけど、好物のご飯だって、自分の気に入らないタイミングだったら、絶対に食べない生き物なんだから」
 だが、叔母はいともたやすく、薬を投与するらしい。
「まあ、でも唯一特別なところがあるとしたら――」
「あるんですかっ?」
「猫語で話しかけるところくらいかな」
 猫語っ?!
 普段、圭太に向かって練習しているあれか。
「つまり、ご飯だにゃ、おいしいから食べるにゃ、ってそんな感じですか?」
 しかし塩崎は、ぎゃははとのどの奥を見せて笑った。
「それじゃ安っぽいメイドカフェだよ。猫語っていうのは、そうね、猫の物真似をしてる感じかな。猫に成りきってるというか、むしろそうね――」
 去り際に放たれた彼女の最後の言葉に、背筋が冷たくなった。