翌日の昼休み。ある程度は予想していたが、落居と十島と三人で昼を食べることになった。
「なんであんたまで一緒なのよ」
「おいおい、それはこっちの台詞だ。長坂と最初に話したのは俺だぞ」
「幼稚園児の言い様ね。それより、それはユダヤ教関係だと思うけど」
二人の趣味もわからず、場繋ぎにと、叔母の仕事について、話題にしていたところだった。
「ユダヤ教?」
「うん。旧約聖書を教典にしてるのはユダヤ教。新旧両方使ってるのがキリスト教だよ」
「お前、意外に物知りだな」
「こんなの常識じゃない。それから、落ち武者にお前呼ばわりされる筋合いはないわ」
「落ち武者って、もしかして俺のことか?」
「あんた以外に誰がいるのよ。髪を伸ばすのはいいとして、もうちょっと手入れしたら?」
「面倒だろ」
「だったら切りなさいよ。外見に気を使うのは、自分のためだけじゃなくて、周りの人を不快にさせないためにも大事なのよ」
「家には母親と女きょうだいが三人いるけど、誰からもそんな指摘されたことないぞ」
「ただ見放されてるだけじゃない。それで、長坂くん、どう?何か普通と違う物が家にあったりしない?宗教っぽいの」
普通でないのは猫語くらいだ。あれは、宗教と呼べなくもない、か。
「特にないと思う。それに、宗教なら、出張はどう説明する?」
「それはつまり、宣教師的な業務だろ」
「ちょっと。勝手にあたしのアイデアに乗っからないでよ、このOM」
「落ち武者をOMって略すの、初めて聞いたぞ。だが、奇跡的に俺の名前と一致してるな」
クラスメートとの他愛ない会話。生産性は感じられなかったが、新鮮ではある。
いつの間にか、広い学食が、閑散としていた。
田舎の高校で、土地だけはあり、移動に時間がかかるからだろう。
「ところで、長坂くんは部活、決めたの?」
「俺は文化系で選ぶつもり――」
「OMには聞いてない」
「どうして文化系なんだ?OMはバスケとか向いてそうなのに」
「OMが根付いたのかよ――。俺ん家は貧乏だからなあ。きょうだいが五人もいるし、道具を買うような部活はできないんだ」
「何それ。貧乏って言えば同情されると思ってるの?」
十島の、落居に対しての口調が刺々しいのは、理由はともかく、彼女の個性の範囲なのだと、薄々理解し始めていた。
だが、軽口も、続ければ人の心に傷を作る。最後の言葉に、さすがの彼も表情を硬くした。
「誰もそんなつもりで言ってないだろ」
それまでと同じ調子で話していたつもりだったのだろう、その反応に、十島が戸惑った表情に変わり、それを見た落居も口をぎゅっと結んだ。
三人の内の二人が険悪な状況だ。必然的に、残る一人に、無言の仲裁要求が向けられているのがわかったが――圭太の口から出たのは、まるで用意していた内容ではなかった。
「どっちかと言うと、僕も貧乏だと人に言うのには反対かな」
どちらにも与しないと思われていたのか、十島はぱっと顔を明るくし、落居はあからさまに落胆の表情を見せた。
「ほら、やっぱりそうでしょう?」「どうしてなんだよ」
「あくまで僕個人の主観というか、信条みたいなものだけど」
その段階でやめれば良かった。ほとんど初対面の相手に、こんな説教めいた話をする必要などなかったのだ。
「貧乏は打開できるはずだし、そうなってないということは、怠惰を言いふらしているように思えるんだ」
あとから思えば、激昂されても仕方のないことを言ったにもかかわらず、落居はそうはせず、純粋に疑問を呈するような口調で反論した。
「怠惰だって?俺の親父は大工として、朝から晩まで働いてるぞ。下請けの立場で休みだってまともに取れてない」
「それはただ勤勉なだけじゃないかな」
「勤勉ってことは、怠惰とは違うんじゃないの?」
「なんでお前が口をはさんでるんだよ」
「さんざん、あたしと長坂くんの会話を妨害しておいて、今さら何よ」
特に仲を取り持ったつもりもなかったが、期せずして二人に会話が戻ってきた。
「勤勉は、与えられた職務を忠実に遂行しているだけかもしれない」
「だから怠惰、じゃないよな?」
「怠惰の対象は、貧乏を抜け出す努力をしていないこと。この場合の反対語は、イノベーションになると思うんだけど――。それに、お金を稼ぐことができるのは親だけじゃないだろう?」
「それって、俺のことか?高校生のバイトで七人家族を裕福にはできないだろ。ちなみに、兄貴は働いてるし、母親もパートしてるんだ」
それに応えようとしたとき、予鈴が昼休みの終わりを告げ、会話は強制的に打ち切られた。
席に戻り、一人になったあと、落居とのやり取りが、褒められるべき内容でなかったことを自覚した。
出会って数日の相手に、つまらない主義主張を披露してしまった幼稚さもそうだが、他人の家庭を間接的に批判してしまった無神経さに落ち込んだ。
いわゆる、友達とのありふれた日常に慣れていなかったのは明らかだ。二人の友好的な態度に、無意識に甘えてしまっていた。
あるいは、投資で成果を挙げているという自負が、虚栄心に成り代わってしまったのかもしれない。貧乏を言い訳にしたのが、両親の揃っている落居だったから、という可能性もあるか――。
「なんであんたまで一緒なのよ」
「おいおい、それはこっちの台詞だ。長坂と最初に話したのは俺だぞ」
「幼稚園児の言い様ね。それより、それはユダヤ教関係だと思うけど」
二人の趣味もわからず、場繋ぎにと、叔母の仕事について、話題にしていたところだった。
「ユダヤ教?」
「うん。旧約聖書を教典にしてるのはユダヤ教。新旧両方使ってるのがキリスト教だよ」
「お前、意外に物知りだな」
「こんなの常識じゃない。それから、落ち武者にお前呼ばわりされる筋合いはないわ」
「落ち武者って、もしかして俺のことか?」
「あんた以外に誰がいるのよ。髪を伸ばすのはいいとして、もうちょっと手入れしたら?」
「面倒だろ」
「だったら切りなさいよ。外見に気を使うのは、自分のためだけじゃなくて、周りの人を不快にさせないためにも大事なのよ」
「家には母親と女きょうだいが三人いるけど、誰からもそんな指摘されたことないぞ」
「ただ見放されてるだけじゃない。それで、長坂くん、どう?何か普通と違う物が家にあったりしない?宗教っぽいの」
普通でないのは猫語くらいだ。あれは、宗教と呼べなくもない、か。
「特にないと思う。それに、宗教なら、出張はどう説明する?」
「それはつまり、宣教師的な業務だろ」
「ちょっと。勝手にあたしのアイデアに乗っからないでよ、このOM」
「落ち武者をOMって略すの、初めて聞いたぞ。だが、奇跡的に俺の名前と一致してるな」
クラスメートとの他愛ない会話。生産性は感じられなかったが、新鮮ではある。
いつの間にか、広い学食が、閑散としていた。
田舎の高校で、土地だけはあり、移動に時間がかかるからだろう。
「ところで、長坂くんは部活、決めたの?」
「俺は文化系で選ぶつもり――」
「OMには聞いてない」
「どうして文化系なんだ?OMはバスケとか向いてそうなのに」
「OMが根付いたのかよ――。俺ん家は貧乏だからなあ。きょうだいが五人もいるし、道具を買うような部活はできないんだ」
「何それ。貧乏って言えば同情されると思ってるの?」
十島の、落居に対しての口調が刺々しいのは、理由はともかく、彼女の個性の範囲なのだと、薄々理解し始めていた。
だが、軽口も、続ければ人の心に傷を作る。最後の言葉に、さすがの彼も表情を硬くした。
「誰もそんなつもりで言ってないだろ」
それまでと同じ調子で話していたつもりだったのだろう、その反応に、十島が戸惑った表情に変わり、それを見た落居も口をぎゅっと結んだ。
三人の内の二人が険悪な状況だ。必然的に、残る一人に、無言の仲裁要求が向けられているのがわかったが――圭太の口から出たのは、まるで用意していた内容ではなかった。
「どっちかと言うと、僕も貧乏だと人に言うのには反対かな」
どちらにも与しないと思われていたのか、十島はぱっと顔を明るくし、落居はあからさまに落胆の表情を見せた。
「ほら、やっぱりそうでしょう?」「どうしてなんだよ」
「あくまで僕個人の主観というか、信条みたいなものだけど」
その段階でやめれば良かった。ほとんど初対面の相手に、こんな説教めいた話をする必要などなかったのだ。
「貧乏は打開できるはずだし、そうなってないということは、怠惰を言いふらしているように思えるんだ」
あとから思えば、激昂されても仕方のないことを言ったにもかかわらず、落居はそうはせず、純粋に疑問を呈するような口調で反論した。
「怠惰だって?俺の親父は大工として、朝から晩まで働いてるぞ。下請けの立場で休みだってまともに取れてない」
「それはただ勤勉なだけじゃないかな」
「勤勉ってことは、怠惰とは違うんじゃないの?」
「なんでお前が口をはさんでるんだよ」
「さんざん、あたしと長坂くんの会話を妨害しておいて、今さら何よ」
特に仲を取り持ったつもりもなかったが、期せずして二人に会話が戻ってきた。
「勤勉は、与えられた職務を忠実に遂行しているだけかもしれない」
「だから怠惰、じゃないよな?」
「怠惰の対象は、貧乏を抜け出す努力をしていないこと。この場合の反対語は、イノベーションになると思うんだけど――。それに、お金を稼ぐことができるのは親だけじゃないだろう?」
「それって、俺のことか?高校生のバイトで七人家族を裕福にはできないだろ。ちなみに、兄貴は働いてるし、母親もパートしてるんだ」
それに応えようとしたとき、予鈴が昼休みの終わりを告げ、会話は強制的に打ち切られた。
席に戻り、一人になったあと、落居とのやり取りが、褒められるべき内容でなかったことを自覚した。
出会って数日の相手に、つまらない主義主張を披露してしまった幼稚さもそうだが、他人の家庭を間接的に批判してしまった無神経さに落ち込んだ。
いわゆる、友達とのありふれた日常に慣れていなかったのは明らかだ。二人の友好的な態度に、無意識に甘えてしまっていた。
あるいは、投資で成果を挙げているという自負が、虚栄心に成り代わってしまったのかもしれない。貧乏を言い訳にしたのが、両親の揃っている落居だったから、という可能性もあるか――。