週末、録画機を買うため、ショッピングモールに出向いた。
同じ売り場にはテレビも並んでいる。
これまで、何度か買い替えを促してきたが、買ったときは最新だったと、意味不明の理由で断られていた。
「テレビをお探しですか?」
「レコーダーと一緒に買うと、安くなったりしますか?」
「それでしたらこちらはいかがでしょうか」
五十五型のテレビとレコーダーのセットだった。買う予定はなかったが、値引き率が他の商品と比べて群を抜いていたことに、心が動かされる。
「さらに、本日限定で、お好きな映画のブルーレイを一枚お付け致します」
「DVDじゃなくて?」
店員はにこやかに頷いた。
新作ならオークションで売ることができる。
注文用紙に記入し、配送の手配を待つ間、隣接されているソフトのコーナーに移動した。
落札相場を確認しながら、どれにするか吟味していると、なぜか嫌な気持ちになる。
理由を確かめようとして、すぐに知覚した。
確認するだけだと、自身に言い訳しながら、それを手にしたときだ。
すぐそばで人の気配を感じた。
振り返ると、十島が鋭い視線を向けていて、息が止まった。
「長坂くん、映画なんて好きなんだ。へえ、何買うの?」
急いでそれを棚に戻そうとしたが、彼女の手が風のようにパッケージを奪っていた。
「女住職――。あ、これ知ってる。結構評判だったやつだよね。あたしもまだ観てないんだ。でも意外。話題作とか、あんまり興味ないタイプかと思ってた」
言いたいことが山のようにあった。どれからにすべきか混乱していると、十島は頬を染めて続けた。
「ここまで何で来てるの?もしかしてバイク?」
「まあ、そうだけど」
「一人で?」
「そうだけど」
「二人乗り、できるバイクなんでしょ?乗ってみようかな」
確か危ないからと、免許を取ることをたしなめていたような。
「ヘルメットが一つしかないから――」
「とりあえず、これ買いなよ」
返事をする間もなく、彼女は圭太の手を取りレジに並んだ。
店を出ると、十島は出口とは違う方角に向かった。
「駐輪場、そっちじゃないけど」
「知ってるよ」
彼女が向かったのは、モールに隣接するカー用品店だった。
「ね、ヘルメットってどれも同じなの?値段がずいぶん違うけど」
「僕も詳しくないけど。基本、法的な安全基準はクリアして――って、ヘルメットを買うつもりなのか?」
「かぶらないと乗れないんじゃないの?」
それからたっぷり三十分は品定めに時間を使い、彼女はレトロな雰囲気の赤い商品を選んだ。
「可愛いのがあって良かった。さ、行こう」
スキップするように圭太の先を歩き出した。
「家に映画を観る機械はないんだ。さっきそれを買いに――」
「だったら、あたしのところでいいよ。道は案内するから」
バイクにたどり着くと、彼女は目を輝かせた。
「何、これ。超可愛いんですけど。シートとボディの色の取り合わせもいいじゃん。何でもっと早く乗せてくれなかったの?いつ誘ってくれるのかずっと待ってたのに」
圭太には目もくれず、ぱしゃぱしゃとバイクの写真を撮り始めた。
「先に乗って」
なぜ指示されているのか、不思議に思いながら、仕方なくエンジンをかけると、彼女は今まで見たこともないような笑顔でうしろにまたがった。
「体、密着させたほうが安全なんだよね」
返事を待つことなく、十島は圭太の胸に手を回し、強い力で体を引き寄せた。
背中が熱を帯び、詩乃を乗せたときにはなかった、表現のできない感情がわき起こる。
「前の国道を出て左ね」
冷静な判断ができず、指示された方向に進むうち、十島家に到着してしまった。
周囲は住宅街。建物は、築年数だけで言えば、叔母の家よりは新しかったが、特徴のない外観だ。
「ただいま。お父さん、友達と映画観るからこの部屋開けて」
先に入った彼女の弾むような声が響く。
またしても意図しない力に流されていた。
予測も、望んでもいなかった状況だ。
父親らしき低い声がしばらく聞こえたあと、扉から顔を出した彼女は、うれしそうに手招きした。
断るならもっと前の段階だ。従うしかない。
「お邪魔します」
靴を揃える手には汗がにじんでいた。
「大丈夫。絶対出てこないように命令してあるから」
応接間と聞いて想像できるような室内。テーブルには紅茶が準備されていた。
同級生の家に上がること自体が初めてだったことに気づいて、口の中が乾いていく。
学校では普通に話せる相手だというのに、場所が変わっただけで、冷静さを失ってしまうのはなぜなのだ。
「じゃ、観よっか」
数日前に言い争った相手が、画面の中で演技しているのは不思議な感覚だった。緊張のせいか、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
映画が終わった頃、彼女の父親が顔を出した。
「いらっしゃい。千紘の父です」
「ちょっと、来ないでって言ったでしょっ」
「いや、そういうわけにはいかんだろう。お客様に挨拶くらい――」
「初めまして。十島さんと同じクラスの長坂です」
「表のバイクで来られたんですか?」
「大丈夫よ、安全運転なんだからっ。もう、あっち行ってよ」
父親の気配が遠くになるのを待って、彼女は体を弛緩させた。
「あそこまで冷たくしなくてもいいんじゃないのか?父一人、子一人なんだろ?」
「いいのよ。甘やかすと、どんどん距離を縮めてくるんだから」
「――それの何が問題なのか、わからないけど」
その頃になって、ようやく部屋を観察する余裕ができる。
「家、結構広いな。ここに二人暮らし?」
「そうよ。もう十年以上。家事はあたしが全部やってるんだから」
ふーんと気のない返事をした圭太の反応が気に入らなかったのか、彼女は不満そうな様子を見せた。
「人の話、聞いてる?」
「ペットとか、飼ったことないの?」
「――もしかして長坂くんの猫のこと?絶対無理。小学生のとき、飼いたいって軽い気持ちで言ったことがあるの。普段、めったに感情を外に出すことないんだけど、そのときだけは、すっごい剣幕で怒られた。お父さん、相当苦手みたい」
もしかしたら二十年は一緒に生活をともにすることになる。簡単に引き取り手が見つからない事態は覚悟していた。
同じ売り場にはテレビも並んでいる。
これまで、何度か買い替えを促してきたが、買ったときは最新だったと、意味不明の理由で断られていた。
「テレビをお探しですか?」
「レコーダーと一緒に買うと、安くなったりしますか?」
「それでしたらこちらはいかがでしょうか」
五十五型のテレビとレコーダーのセットだった。買う予定はなかったが、値引き率が他の商品と比べて群を抜いていたことに、心が動かされる。
「さらに、本日限定で、お好きな映画のブルーレイを一枚お付け致します」
「DVDじゃなくて?」
店員はにこやかに頷いた。
新作ならオークションで売ることができる。
注文用紙に記入し、配送の手配を待つ間、隣接されているソフトのコーナーに移動した。
落札相場を確認しながら、どれにするか吟味していると、なぜか嫌な気持ちになる。
理由を確かめようとして、すぐに知覚した。
確認するだけだと、自身に言い訳しながら、それを手にしたときだ。
すぐそばで人の気配を感じた。
振り返ると、十島が鋭い視線を向けていて、息が止まった。
「長坂くん、映画なんて好きなんだ。へえ、何買うの?」
急いでそれを棚に戻そうとしたが、彼女の手が風のようにパッケージを奪っていた。
「女住職――。あ、これ知ってる。結構評判だったやつだよね。あたしもまだ観てないんだ。でも意外。話題作とか、あんまり興味ないタイプかと思ってた」
言いたいことが山のようにあった。どれからにすべきか混乱していると、十島は頬を染めて続けた。
「ここまで何で来てるの?もしかしてバイク?」
「まあ、そうだけど」
「一人で?」
「そうだけど」
「二人乗り、できるバイクなんでしょ?乗ってみようかな」
確か危ないからと、免許を取ることをたしなめていたような。
「ヘルメットが一つしかないから――」
「とりあえず、これ買いなよ」
返事をする間もなく、彼女は圭太の手を取りレジに並んだ。
店を出ると、十島は出口とは違う方角に向かった。
「駐輪場、そっちじゃないけど」
「知ってるよ」
彼女が向かったのは、モールに隣接するカー用品店だった。
「ね、ヘルメットってどれも同じなの?値段がずいぶん違うけど」
「僕も詳しくないけど。基本、法的な安全基準はクリアして――って、ヘルメットを買うつもりなのか?」
「かぶらないと乗れないんじゃないの?」
それからたっぷり三十分は品定めに時間を使い、彼女はレトロな雰囲気の赤い商品を選んだ。
「可愛いのがあって良かった。さ、行こう」
スキップするように圭太の先を歩き出した。
「家に映画を観る機械はないんだ。さっきそれを買いに――」
「だったら、あたしのところでいいよ。道は案内するから」
バイクにたどり着くと、彼女は目を輝かせた。
「何、これ。超可愛いんですけど。シートとボディの色の取り合わせもいいじゃん。何でもっと早く乗せてくれなかったの?いつ誘ってくれるのかずっと待ってたのに」
圭太には目もくれず、ぱしゃぱしゃとバイクの写真を撮り始めた。
「先に乗って」
なぜ指示されているのか、不思議に思いながら、仕方なくエンジンをかけると、彼女は今まで見たこともないような笑顔でうしろにまたがった。
「体、密着させたほうが安全なんだよね」
返事を待つことなく、十島は圭太の胸に手を回し、強い力で体を引き寄せた。
背中が熱を帯び、詩乃を乗せたときにはなかった、表現のできない感情がわき起こる。
「前の国道を出て左ね」
冷静な判断ができず、指示された方向に進むうち、十島家に到着してしまった。
周囲は住宅街。建物は、築年数だけで言えば、叔母の家よりは新しかったが、特徴のない外観だ。
「ただいま。お父さん、友達と映画観るからこの部屋開けて」
先に入った彼女の弾むような声が響く。
またしても意図しない力に流されていた。
予測も、望んでもいなかった状況だ。
父親らしき低い声がしばらく聞こえたあと、扉から顔を出した彼女は、うれしそうに手招きした。
断るならもっと前の段階だ。従うしかない。
「お邪魔します」
靴を揃える手には汗がにじんでいた。
「大丈夫。絶対出てこないように命令してあるから」
応接間と聞いて想像できるような室内。テーブルには紅茶が準備されていた。
同級生の家に上がること自体が初めてだったことに気づいて、口の中が乾いていく。
学校では普通に話せる相手だというのに、場所が変わっただけで、冷静さを失ってしまうのはなぜなのだ。
「じゃ、観よっか」
数日前に言い争った相手が、画面の中で演技しているのは不思議な感覚だった。緊張のせいか、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
映画が終わった頃、彼女の父親が顔を出した。
「いらっしゃい。千紘の父です」
「ちょっと、来ないでって言ったでしょっ」
「いや、そういうわけにはいかんだろう。お客様に挨拶くらい――」
「初めまして。十島さんと同じクラスの長坂です」
「表のバイクで来られたんですか?」
「大丈夫よ、安全運転なんだからっ。もう、あっち行ってよ」
父親の気配が遠くになるのを待って、彼女は体を弛緩させた。
「あそこまで冷たくしなくてもいいんじゃないのか?父一人、子一人なんだろ?」
「いいのよ。甘やかすと、どんどん距離を縮めてくるんだから」
「――それの何が問題なのか、わからないけど」
その頃になって、ようやく部屋を観察する余裕ができる。
「家、結構広いな。ここに二人暮らし?」
「そうよ。もう十年以上。家事はあたしが全部やってるんだから」
ふーんと気のない返事をした圭太の反応が気に入らなかったのか、彼女は不満そうな様子を見せた。
「人の話、聞いてる?」
「ペットとか、飼ったことないの?」
「――もしかして長坂くんの猫のこと?絶対無理。小学生のとき、飼いたいって軽い気持ちで言ったことがあるの。普段、めったに感情を外に出すことないんだけど、そのときだけは、すっごい剣幕で怒られた。お父さん、相当苦手みたい」
もしかしたら二十年は一緒に生活をともにすることになる。簡単に引き取り手が見つからない事態は覚悟していた。