真新しいトートバッグに、ヘルメットを無理やり押し込み、再びその店を訪れたのは二週間後のことだ。
 事前に電話をしておいたからか、商品は店のすぐ前に移動してあった。
「早かったな。最短時間で取ったんじゃないのか?」
 会うのは二度目で、前回も短い時間しか話していなかったにもかかわらず、友達のような扱いだ。
「毎日二時間乗りました」
「整備は一通り終わってる。問題ないと思うけど、何かあったらいつでも来てくれていいから」
 車体は、以前見たときに比べ、明らかに磨かれた状態だった。経年の細かい傷跡はあったが、ボディに光沢が戻り、タイヤの金属の部分も鏡のようになっている。
「何か気になるところはあるか?」
「いえ、逆です。どうしてこんなに綺麗になっているのか、不思議だったので……」
「何言ってんだ。売り物なんだから当然だろ」
 正確には売れた物だ。契約前なら、そのサービスもまだ理解できたが。
「保証期間とか、あるんでしたっけ」
「一応、三ヶ月と走行距離五百キロまでってことにしてるけど、そんなの気にしなくていいよ」
 中古のバイク屋に、悪人はいないのか。
 圭太が礼を言って会釈をすると、彼は軽く手を上げ店の中に消えて行った。
 目の前のバイクをじっと見た。
 免許と合わせて、五十万以上の出費だ。
 維持費を別にしても、給薬の手伝いだけで元を取ろうとすれば、五百万円分の依頼、すなわち千六百回以上の処置に同行しなくてはならない。
 もっとも、購入を決めた動機はまるで違う。
 男の助手がいることがわかれば、あんな依頼者はいなくなるはずだと、漠然とそう考えただけだ。
 それを実現するために、この金額が妥当だったのかどうか。
 慣れるまでは、安全運転を心がけるつもりだったが、店までバスと歩きで一時間ほどの距離を、わずか十五分で帰宅した。
 移動時間はコストに換算できる。であれば、もっと短い時間で償却可能かもしれない。
 バイクを停め、正面のインターフォンを押した。
 詩乃が玄関から姿を現し、バイクを見て、「まあ」と、驚きの表情を見せた。
「圭太さん、それどうしたの?」
「知り合いが要らなくなったって、安く譲ってもらったんです」
「そうなの?免許、持ってたのね。危なくない?」
「これ、二人乗りできるんですよ」
「あら、いいわね。彼女とデートに使うの?」
「靴箱の上の物入れを開けてみて下さい」
 詩乃は不思議そうに家に戻ったあと、そこにあった物を手に、首を傾げながら再び姿を見せた。
「ヘルメット、よね?」
「はい、叔母さんのです」
 モノトーンのカラーリングの、それをじっと見つめてから、彼女はゆっくり圭太に顔を向けた。その目に、どこか不安の色をたたえて。
「圭太さん、言ってなかったかもしれないけど……。私、バツイチなの」
 聞き間違いかと思った。予想していた応答とはかけ離れていたからだ。
「えー……と。今のは、いったいどういう――」
「ごめんなさい。圭太さんの気持ちには応えられないと思うわ。年だってすごく離れているし、叔母と甥は確か結婚もできないはずよ」
 ははあ、なるほど。一般的にこの場面はそういう解釈が成り立つのか――。いや、彼女を例にして、一般を計るのは愚行だ。
「そうじゃなくて。給薬の助手として、叔母さんを依頼主のところへ送迎しようと思ったんですが」
 すると彼女は大きく目を見開く。ヘルメットとバイクを交互に眺めたあと、顔を赤くした。
「いくら何でも、そこまでお願いできないわ……。私、自転車だって乗れないんだから」
 よくそれでバレーを続けられたな。
「大丈夫ですよ。そのために大きめのシートの物を選んでますから。背もたれだってあるし。高速は通れませんけど、都内なら車より早く移動できることもあるみたいです」
 そう言うと、叔母はヘルメットをシートに置き、圭太に駆け寄り、強い力で抱きしめた。
「あの、叔母さん?」
「この間のことがあったからなの?ごめんなさいね、心配をかけてしまって」
 彼女の髪が首筋に触れる。
「前からバイクに興味があっただけですから」
 彼女はそれには返事をせず、しばらくそのまま黙っていたが、やがてゆっくりと体を離しながら、笑顔を見せた。
「わかりました。圭太さんの、ううん、助手の提案を受け入れるにゃ」