六月に入り、毎日空模様がはっきりしない。
 雨の学校は、どこか外界と隔離されたような灰色の空気に包まれる。
 ここ最近、身の回りで起きていることが、すべて幻想だったのではないかと、授業中、ふと、そんなことを考えるほどに、中学時代と比べ、悩むことが増えていた。
「文化系は天気に左右されないからな。雨で早めに帰れる運動部が唯一うらやましくなる季節だよ」
 昼休み、学食へ向かう廊下で、屋内でトレーニングを工夫する運動部を見ながら落居はそう言った。
「それってつまり部活がイヤってことじゃないのか?」
「そういうわけでもない。ただ、青春はある種の苦悩の先にあるのかもしれないな」
「ドバトがどう鳴いたって響かないわよ」
「お前、人を否定する速度が尋常じゃないぞ……」
 借りができたとでも感じているのか、十島の落居に対する態度は、文化祭の出し物が決まったあと、さらに厳しくなっている。
「ところで、叔母さんの仕事、その後、手伝ってるの?」
 給薬が何かを伝えたとき、二人に思ったほどの反応がなかったのは意外だった。
 それで仕事になるのかと、仲が悪いはずの二人の声が揃い、ばつが悪そうに顔を見合わせた程度だ。
「誰かさんが、恐ろしく的外れな推理を披露してたわね」
「お前だって賛成してただろ」
 そして、あの一件以降、依頼を断っているのか、詩乃は仕事に出かけている気配がない。
「そのことで、相談があるんだけど。誰かバイクに詳しいやつ、知らないかな」
「うち、バイク通学禁止だよ?危ないし、やめときなよ」
 十島が眉をひそめたのを見て、落居の目が光った。
「まあ、女にはわからないんだろうな。男のロマンってやつが。ちなみに俺の兄貴はバイクの中古屋で働いてるぞ」
「そうなんだ。車種とか値段に詳しかったりする?」
「本職は修理だけど、毎日商品と接してるしな。素人の俺たちなんかよりはよっぽど。何か聞いてやろうか?」
 満面の笑みを、なぜか十島に向け、彼女は唇の端を血が出そうになるくらいに噛んだ。
 この二人の関係がいまだによくわからない。
「免許は持ってるのか?」
「いや、まだ。でも誕生日は過ぎてるから」
「種類はどうするつもりなんだ?原付か?」
「二種を考えてるんだ」
「なるほど。一番コスパはいいよな」
「何よ、それ。あたしにもわかるように説明しなさいよ」
「車両価格とか保険とかの維持費が原付とさほど変わらないのに、それでいて制限速度とか二人乗りとかが上のクラスと同じ扱いになるってことだ」
 落居の説明に、彼女は無言で眼鏡の位置を直すと、お水を取ってくると席を立った。
 その姿を彼は不気味な笑顔で見送る。
「もしかしてだけど、十島のこと、嫌いだったりする?」
「当然」
 まさかとは思ったが、間髪入れずに答えた。
 いがみ合いながらも、実は心が通じている、という関係なのだと、勝手に想像していたのだ。
「車種とか、もう決めてるのか?」
「いや、まだ何も。中古でいいかなって思ってるくらいで」
「だったら今度の土曜、一緒に兄貴の店に行こうぜ。俺が話を通しておいてやるからさ」
 正直、ありがたい話だった。素人が丸腰でバイクショップに行くなどと、考えただけでも非効率だ。およそ要件に合わない、店の売りたい物を押し付けられるに決まっている。
 十島が戻ってくると、落居はそれでさ、と声のトーンを一段階上げた。
「いつでもいいから一度、演劇部の見学にこいよ。見たら気が変わるかもしれないぜ」
 彼女に秘密にする理由がさっぱりわからなかったが――そうだなと話を合わせた。