詩乃が帰宅したのはそれから二日後の夜遅くだった。
 翌朝、良好には見えなかった依頼者相手に、任務を遂行できたのかを尋ねると、なぜか彼女は、頬を朱に染めながら食卓についた。
「処置自体は問題なかったんだけど……」
 続く言葉を待つ圭太に、相手は恥ずかしそうに目をそらせる。
「実は、お金をまだ頂いてないの」
「そうなんですね。いつもは、どうしているんですか?」
「現金のときも振り込みの場合もあるの。ただ今回は、ばたばたしていて、請求書を渡し損ねてしまって――」
 金額に納得していなかった相手だ。そんなことも背景にあるのだろうと思っていると、詩乃は一度ダイニングを出て、一枚の紙を手に戻ってきた。
 差し出されたそれを見て、口の中にあった咀嚼途中のパンの固まりを飲み込んでしまった。
 用紙の最上部には請求書と書かれていたが――。
 すべてが手書きだったのだ。枠線も定規で引かれている。
 アナログにもほどがあるな、とあきれてすぐ、明細に意識が向いた。
 交通費、宿泊費。そして、処置費、と箇条書きされていた。
 わざとはっきり答えを出さないようにしているのだろうか――。いや、そんな気の利いた演出ができる人間とは思えない。
「それで、その、圭太さんにお願いがあるんだけど、聞いてくれるかにゃ」
「もしかしてこれを先方に渡してくれ、とかじゃないですよね」
「すごいっ。どうしてわかったにゃ?」
 メールに添付ではダメなのだろうか。交通費も時間も無駄ではないか。
「まあいいですけど。今週末、あっちに行く予定もありますから。その日程でいいか、塩崎さんに確認してもらえますか?」
「それなんだけど……」
 そう言って、言葉を区切った。まるで初めて告白する中学生のような態度だ。
「メールを送るの、また手伝ってもらえると……」
「手伝うって――。もしかして、またジョーイ経由ですかっ?!」
 三日も一緒にいて、連絡先の交換すらしてないとは。
「ダメかにゃ?」
 そう言って、手を招き猫の形にした。猫を前面に押し出せば、何でも許されると思っているらしい。
「とりあえず、直接行ってみます。場所は覚えてますから」
「それは助かるにゃ。東京に用事があるなんて、さすが今どきの高校生だにゃー」
 猫語を乱発して、彼女は逃げるように部屋を出て行った。