休み明けの月曜日。
大崎のあと、ずっと仲直りの方法を考えていたが、答えは出なかった。
素直に頭を下げればいいのだろうが、どうして苛立ってしまったのか、の説明ができなければ、根本的な解決にはならない。いっそ、心の闇を正直に打ち明けてしまおうかとも考えたが、そこまでの信頼関係を築けている自信はなかったのだ。
午前中、彼女はやはり顔を合わせようとせず、反して、落居の機嫌がやたら良かった。休み時間のたびに、圭太の席に来ては、いつになく大声で雑談しては戻る、という行動を繰り返した。
昼休み、入学して以来おそらく初めて、彼と二人だけの学食だ。
食事が終わり、人がまばらになった頃、弁当を手にした十島が姿を見せた。
彼女は、圭太たちを認識していたはずだが、席を探す様子を見せる。
とっさの判断だった。自信はまるでなかったが、きっとこれが正解のはずだと、席を立ち、思い切って手を上げた。
「よ、良かったら、一緒に食べないか?」
慣れない動作のせいで、動きがロボットのようになってしまったが、相手は表情を緩ませたように見えた。
落居が不満そうな表情になっていることに気づいたのは、三人が揃ったときだ。
彼は声を低くして、それまで二人きりのときにはひと言も口にしなかった、例の話題を唐突に持ち出した。
「そういえば、叔母さんの仕事、その後どうなんだよ」
十島の表情がさっと曇る。
悪人ではないはずだ。いったい、どういうつもりで、わざわざ場を緊迫させたのだろう。
真意はまるで不明だったが――前回と同じ轍を踏むわけにはいかない。
「実は、かなり進展したんだよ」
不自然にならない程度に明るく、週末の出来事を伝えると、途中から二人が、以前に見たときと同じく、居心地悪そうにし始めた。
「悪いな。まさか本当にそうだったとは思ってなくて。気を落とすなよ」
落居は、心から気の毒そうに言った。
「だから違うって」
現場にベッドしかなかったのは確かだが、塩崎の態度はまるで友好的に見えなかった。
「それに何より、依頼者は女の人だったんだぞ」
「それは関係ないだろ。長坂って保守的なのか?」
くっ。
まさか似たような批判を、こんな短期間に二度も受けるとは。
すぐに否定しようとして、相手の表情がどこかこれまでと違うことに気づく。何かを期待しているような、不安がっているような。
その態度の意味を計りかねていると、落居は慌てたように続けた。
「とにかく、叔母さんの仕事については、一応解決しただろ。なあ」
そう言って、十島に助けを求めたように見えた。
それまでずっと無言だった彼女は、その瞬間、眼鏡を鼻のあたりで持ち上げた。
「あたしはそうは思わないわ。それだと解決されない謎がある」
挑戦的な口調で、落居を見据えた。
「何だよ、お前も前は俺と同じ意見だっただろ」
会話の議題は、詩乃の職業のはずだが、互いにどうにか相手を打ち負かそうとしているようにしか見えない。
「家に何かヒントがあるって言ったんでしょう?それっておかしくない?」
「それは……仕事のための道具とかさ。ほら、荷物持たされたんだろ?」
確かにその通りだった。あの日、家を出るとき、リュックを背負わされた。仕事の道具が入っていると教えられた。
「それに――」
なぜか彼女の頬が染まった理由は、すぐに明らかになる。
「い、一回、十五分とか、あたしなら短すぎる……」
そう言うと、耳まで真っ赤にして、うつむいた。
どうやら、命がけの冗談だったようだ。
きっと彼女も、圭太と気まずくなったあと、どうにか打開できないか、苦悩していたのだろう。
そのことを想像すると、あっという間に肩の力が抜けた。
「確かに、家の中のヒントはまだ見つけてないんだ。女の人のほうが、男に比べて、生物学的に観察力が高いって聞くし――今度、調べに来てくれないか」
そんな気遣いの言葉がすらすらと流れ出る。
「いいのっ?絶対行くっ」
顔を上げた十島は、これまで見たことがないほど晴れやかだった。
落居の家族を批判してしまったときと同じく、今回もまともな謝罪ができなかったが、それでも、どうにか、彼女との関係は再構築されたようだ。
大崎のあと、ずっと仲直りの方法を考えていたが、答えは出なかった。
素直に頭を下げればいいのだろうが、どうして苛立ってしまったのか、の説明ができなければ、根本的な解決にはならない。いっそ、心の闇を正直に打ち明けてしまおうかとも考えたが、そこまでの信頼関係を築けている自信はなかったのだ。
午前中、彼女はやはり顔を合わせようとせず、反して、落居の機嫌がやたら良かった。休み時間のたびに、圭太の席に来ては、いつになく大声で雑談しては戻る、という行動を繰り返した。
昼休み、入学して以来おそらく初めて、彼と二人だけの学食だ。
食事が終わり、人がまばらになった頃、弁当を手にした十島が姿を見せた。
彼女は、圭太たちを認識していたはずだが、席を探す様子を見せる。
とっさの判断だった。自信はまるでなかったが、きっとこれが正解のはずだと、席を立ち、思い切って手を上げた。
「よ、良かったら、一緒に食べないか?」
慣れない動作のせいで、動きがロボットのようになってしまったが、相手は表情を緩ませたように見えた。
落居が不満そうな表情になっていることに気づいたのは、三人が揃ったときだ。
彼は声を低くして、それまで二人きりのときにはひと言も口にしなかった、例の話題を唐突に持ち出した。
「そういえば、叔母さんの仕事、その後どうなんだよ」
十島の表情がさっと曇る。
悪人ではないはずだ。いったい、どういうつもりで、わざわざ場を緊迫させたのだろう。
真意はまるで不明だったが――前回と同じ轍を踏むわけにはいかない。
「実は、かなり進展したんだよ」
不自然にならない程度に明るく、週末の出来事を伝えると、途中から二人が、以前に見たときと同じく、居心地悪そうにし始めた。
「悪いな。まさか本当にそうだったとは思ってなくて。気を落とすなよ」
落居は、心から気の毒そうに言った。
「だから違うって」
現場にベッドしかなかったのは確かだが、塩崎の態度はまるで友好的に見えなかった。
「それに何より、依頼者は女の人だったんだぞ」
「それは関係ないだろ。長坂って保守的なのか?」
くっ。
まさか似たような批判を、こんな短期間に二度も受けるとは。
すぐに否定しようとして、相手の表情がどこかこれまでと違うことに気づく。何かを期待しているような、不安がっているような。
その態度の意味を計りかねていると、落居は慌てたように続けた。
「とにかく、叔母さんの仕事については、一応解決しただろ。なあ」
そう言って、十島に助けを求めたように見えた。
それまでずっと無言だった彼女は、その瞬間、眼鏡を鼻のあたりで持ち上げた。
「あたしはそうは思わないわ。それだと解決されない謎がある」
挑戦的な口調で、落居を見据えた。
「何だよ、お前も前は俺と同じ意見だっただろ」
会話の議題は、詩乃の職業のはずだが、互いにどうにか相手を打ち負かそうとしているようにしか見えない。
「家に何かヒントがあるって言ったんでしょう?それっておかしくない?」
「それは……仕事のための道具とかさ。ほら、荷物持たされたんだろ?」
確かにその通りだった。あの日、家を出るとき、リュックを背負わされた。仕事の道具が入っていると教えられた。
「それに――」
なぜか彼女の頬が染まった理由は、すぐに明らかになる。
「い、一回、十五分とか、あたしなら短すぎる……」
そう言うと、耳まで真っ赤にして、うつむいた。
どうやら、命がけの冗談だったようだ。
きっと彼女も、圭太と気まずくなったあと、どうにか打開できないか、苦悩していたのだろう。
そのことを想像すると、あっという間に肩の力が抜けた。
「確かに、家の中のヒントはまだ見つけてないんだ。女の人のほうが、男に比べて、生物学的に観察力が高いって聞くし――今度、調べに来てくれないか」
そんな気遣いの言葉がすらすらと流れ出る。
「いいのっ?絶対行くっ」
顔を上げた十島は、これまで見たことがないほど晴れやかだった。
落居の家族を批判してしまったときと同じく、今回もまともな謝罪ができなかったが、それでも、どうにか、彼女との関係は再構築されたようだ。