午後の授業はほとんど頭に入らなかった。
 十島のことが気にかかるが、そのうしろ姿からは、心境を読み取れない。
 五年だ。五年も経っているというのに――。
 母親が、ことあるごとに、圭太の人生に影響を与えることが腹立たしかった。
 放課後、帰り支度の速度を無意識に調整していた。
 十島がうしろの扉に向かい、合わせて圭太も席を立つ。
 相手の視界には入っているはずだが、彼女は振り返ることなく、逆に歩みを速めた。
 今日中に声をかけるべきだという焦燥感で、教室の入り口へと急いだが、すでに廊下は無人だった。
 バス停でも見つけることができず、課題を抱えたまま、帰宅するしかなかった。
 クラスメートを傷つけてしまった結果はもちろんだが、感情を制御できなかったことそのものが腹立たしい。しかも、落居のとき、自戒したはずなのに。
「今日はおとなしいのね。学校で何かあった?」
 叔母の笑顔が、いつもより遠くに感じる。
「いえ――。それより昨日のメール、返事はありましたか?」
 彼女はその質問を待っていたかのように、ポケットから取り出した携帯を、テーブルに置いた。
 二日後の日曜日、通訳として東京に同行することが決まり、ひそかに安堵した。
 キュウヤクの謎に迫ることよりも、休みの間中、答えの出ない人間関係に、苦悩せずに済むことが、今は重要だった。