瞬く間に世間の関心は、秋吉さんに向けられた。
 ノベラブルには挿絵機能というものがあり、三話には画像が添付されていた。
 制服を着た男女のプリクラ で『まさなお♡ほのか』と落書きがされている。目元は隠されているが、それが穂乃花さんと秋吉さんなのは誰の目にも明らかだった。
 つまり今回投稿された小説のMくんとは、秋吉さんというわけだ。
 今注目の俳優が、話題の少女の自殺の原因の一人。それは当然世間を騒がせることになる。
 写真まで投稿されたこともあり、ノベラブルは慌てて芳賀穂乃花の小説を削除したが、一度広まったものはもちろんネットの海で公開され続けることになる。
 そしてあのラジオの日、秋吉さんにカメラを向けていたマスコミは、ゴシップで有名な『週刊イチイ』だった。彼らは世間の声にこたえるように撮ったばかりの写真をネットにアップした。
 秋吉さんがヨリ先生の腕や肩を掴み、何かを言い争っているように見える写真だ。

【秋吉征直、過去にクラスメイトを死に追いやっていた!? 葉空ヨリとの関係は……!? 秋吉と葉空の密会と言い争いをスクープ!】
 
 そんな見出しの飛ばし記事だ。記事にはコーヒーラジオ放送後にビルの前で言い争っていたことしか書かれていない。詳細は週末に発売する雑誌にて、ということだった。きっと彼らもヨリ先生と秋吉さんの関係性をまだつかんでいなくて、これから大慌てで裏を取るはずだ。取り急ぎ世間の関心の種を投下したと見える。
 芳賀穂乃花の小説が投稿されて二日が経過したが、秋吉さんと事務所は沈黙を貫いている。イチイの記事を待ってから釈明するのかもしれない。


 この一件で『葉空ヨリが誰なのか』追及する動きはより激化していた。
 公式から正式に否定があったことで、ヨリ先生のファンは『ヨリ先生を信じる』と落ち着いていた。
 しかし外野は、ますます盛り上がっている。
 ヨリ先生に対しての批判よりも『三年二組の誰が葉空ヨリなのか』という犯人探しを楽しんでいる。

【葉空ヨリって、芳賀の小説のSのことかな?】
【Mが征直でイニシャルそのまま使ってるだろ。Sがつく女じゃないか?】
【俺は二話の投稿もヒントだと思う。〝近しい雰囲気の友達〟が同じグループになってるって言ってた】
【芳賀は可愛いし間違いなく陽キャ。彼氏も秋吉だし】
【三年二組の陽キャ女が芳賀をいじめてたっていう三人だと思う】

 自称探偵たちは様々 な推理を広げているが、誰も小田切明日葉を疑っていない。
 けれど私がもし ヨリ先生の本名を知らなかったら。穂乃花さんの友人グループを考えれば、小田切明日葉は候補から外した。
 ヨリ先生の高校時代は平成ギャルと呼ばれる世代あたり。細眉に主張の強い睫毛(まつげ)とアイライン。穂乃花さんも当時の流行りの顔立ちと髪型をしていて、ネットの意見通り〝陽キャ〟に見える。

榎川(えがわ)小百合(さゆり)が怪しいと思う】

 自称探偵たちは〝榎川小百合〟という女生徒に目をつけていた。派手な雰囲気の子は三年二組に四、五名いるがイニシャルがSなのは彼女だけだった。
 そして彼らは榎川 さんとヨリ先生の共通点を見つけた。
 榎川さんは美人だ。どちらかというときつい顔立ちだが、それが細眉や濃い化粧にも合っていて、三年二組では一番の美人に思えた。
 榎川さんとヨリ先生が比較できるよう写真が並べられたものがSNSに何度も流れた。カメラに向かって笑顔を向けている榎川さんはえくぼが愛らしく、ヨリ先生にも親しみやすいえくぼがある。

【えくぼ、これは確実だろ】
【鼻の形が違くない?】
【そこは整形で変えたんだろ】
【葉空はたれ目で、榎川はつり目に見えるけど】
【整形もあるし、当時はこういうきつめのメイクが流行ってたからかも。眉と目元の印象変えれば全然違うよ】
【榎川、美人なのに整形するなんてもったいないなあ】


 ネットは好き勝手な意見ばかり流れているが、正直私も同意見だった。
 小田切明日葉よりも、榎川小百合がヨリ先生の過去だと言われた方がしっくりくる。
 出版社に登録されているヨリ先生の名前は『小田切明日葉』。
 けれど、本当にそうなのだろうか。


「まきちゃん」
 声をかけられてハッとする。榎川さんの憶測が飛び交うSNSに集中しすぎてしまっていた。慌てて顔を上げれば塚原さんが私の後ろにいた。
 すぐにSNSを閉じて、塚原さんの方に身体を向ける。
「どうしましたか?」
「こないだ話してたヨリ先生の担当者の件なんだけど。山吹出版の担当者が話したいことがあるらしくて、都合がつく日にどう?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ところで、榎川小百合って知ってる?」
 知っているも何も、今一番考えていた名前だ。私が頷くと塚原さんは渋い顔になる。
「だよなー、だいぶ話題になってるよな。山吹出版のヨリ先生の担当者は、榎川の担当者でもあるんだよ」
「え? どういう意味ですか?」
「まだその話題は見てない? 〝さゆぐらし〟で調べてみて」
 塚原さんの言葉にパソコンを開き『さゆぐらし』と検索してみる。
 ミンスタグラムがヒットして、ベージュや白を基調とした部屋やアイテムがずらりと並んでいるアカウントが出てきた。
 フォロワー数は一万を超えている。どうやら界隈では有名なインフルエンサーのようだ。
 自分でできる北欧風DIYや、カフェのような食事、シンプルでオシャレなアイテムを紹介している、丁寧な暮らし系アカウント。
「このアカウントのさゆぐらしが、榎川小百合ということですか?」
「そう」
 もう一度アカウントに目をやって、過去の投稿も確認してみるとベージュのカーディガンを着た女性がいた。さゆぐらしは顔出しもしているらしい。榎川さんは学生時代よりぐっと優しい表情にはなっていたが、当時の面影は感じられる。話題になっているえくぼもあった。
「ネットでも気づかれてますか?」
「まだそこまで話題になっていないけど、ちらほら意見が出てきてる」
「山吹出版で何か出すんですか、この人」
 塚原さんは手に一冊の雑誌を持っていた。〝simple life〟という雑誌で、さゆぐらしと雰囲気の似ている雑誌だ。
 様々な人の暮らしを紹介しているようで、榎川さんも掲載されていた。自身の部屋のソファに腰かけて、ベージュのヘアターバンを頭につけ、白いワンピース姿で笑顔を向けている。ナチュラルな雰囲気の美人だ。
 塚原さんがさらにページをめくると、『葉空ヨリのコーヒーでも読みながら』というコラムがあった。ヨリ先生が一冊の小説を手に微笑んでいる。どうやらヨリ先生のオススメの小説を紹介するコラムらしい。
「隔月刊行の雑誌なんだけど、毎号ヨリ先生はこのコラムを担当している。もう一年になるそうだ」
「担当編集なんですね」
「そういうこと。それで、このさゆぐらしの書籍化が決まっていた」
 そう言われてパソコンに目を戻してみると、さゆぐらしの固定された投稿に『念願の書籍化決定!』と手書きの文字が見えた。
「……同じ編集さんなんですか?」
「うん。さゆぐらしの刊行をどうするか、悩んでいるらしい。一度俺に話を聞きたいって」
「うちも何もわからないですよね」
「ただ相談したいのかもしれない。編集長とか上層部を交えず意見を聞きたいらしい」
「わかりました」
「ありがと。じゃあまた調整して連絡するよ」
 塚原さんを見送りながら、ふと頭の中に考えが浮かんだ。
 ……そうだ、どうしてこの考えに至らなかったんだろう。
 この炎上を止める方法は一つある。いや、一つしかない。それは〝芳賀穂乃花〟に投稿を止めてもらうこと。
 秋吉さんが炎上していて、今はヨリ先生への批判が逸れている。
 だけど……芳賀穂乃花の一番の目的はヨリ先生なんじゃ……。
 芳賀は最初からヨリ先生だけを名指ししていた。背筋に冷たいものが這う。
 だとすれば二人の炎上など、芳賀穂乃花にとっては前菜のようなものなのかも……。
 私はヨリ先生を信じている。過去のいじめなど関与しているわけがない。あんなに繊細で優しい文章を書く人が誰かを死に追いやるわけがない。
 しかし芳賀穂乃花を名乗る人物は何かの理由でヨリ先生を陥れようとしている。秋吉さんは いじめに関わる証拠まで出してきた。ヨリ先生にとって不利なものが投稿されて、大打撃を受ける前に。
 ――芳賀穂乃花を名乗る人物を探し出す。そう決めた。
 芳賀穂乃花と話がしたい。なぜこのようなことをするのか。
 相手の考えを聞き、それを受け入れて、私の思いも伝える。そうすればきっとわかり合える。ヨリ先生の小説が教えてくれたことだ。
 投稿者はヨリ先生に対して誤解をしているのかもしれないし、嫉妬で暴走しているのなら止めた方がいい。きちんと話し合えばこんなこともやめてくれるはず。心労が溜まっているヨリ先生にあまり過去を問いただしたくはない。
 だけど、秋吉さんと榎川さんなら。
 先日の切羽詰まった様子の秋吉さんを思い出しながら、さゆぐらしの『念願の書籍化決定!』の文字を見やる。
 二人の夢はようやく叶うのに、芳賀を名乗る投稿者の出現でそれが危ぶまれている。きっと彼らも私に協力してくれるはず。
 それにヨリ先生よりも、二人の方が穂乃花さんに近しい人物だ。
 二人が本当にいじめを行っていたのかはわからないけれど、関係が深かったのは間違いない。
 パソコンの画面にうつるSNSに目を向ける。
【ねえ榎川小百合ってインフルエンサーのさゆぐらしじゃない?】
【じゃあ榎川は葉空ヨリじゃない=無実ってこと?】
【いや、Sが榎川ならどっちにしろクロじゃない? 】
【榎川はいじめに関わってたんだろうな。イメージと違いすぎる、女って怖い】
【三年二組な時点で同罪。榎川は事情を説明するべき】

 そんな投稿が流れてきた。すでにリポスト数も多い。
 さゆぐらしが炎上するのは確定路線に入っていた。
 
 
 木曜日。私はまっすぐ帰宅せずに自宅近くのカフェに立ち寄った。老夫婦が経営している純喫茶だ。深みのあるブラウンを基調にした店内は人がまばらで、私は一番奥の席に座る男性の元に向かう。
「こっちです、こんばんは」
 私に手を上げるのは秋吉さん。
「峰島出版の槇原羽菜と申します。こちらまでお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ。先日はどうもすみません、あのときは僕も焦っていて……」
 名刺を差し出すと彼はにこやかな笑みを浮かべて受け取った。ラジオ局で会ったときとずいぶん印象が違う。
 昨日私は秋吉さんに峰島文庫のSNSからDMを送った。ラジオ局の前で会ったヨリ先生の担当編集であると名乗り、会えないかという内容に秋吉さんはすぐに返事をくれた。
 私は秋吉さんの向かいの席に座り、メニューを開く。秋吉さんはもうホットコーヒーを注文していて私の様子を窺いながら一口飲んだ。
「このカフェ穴場なんです。あまり人もいないし、来るのも近くに住むおじいさんおばあさんばかりで。遅くまでやってるし、お話するのにちょうどいいでしょう。すみません、注文いいですか」
 私が注文を終えると、秋吉さんは身を乗り出して急いたように訊ねた。
「それで、あなたは葉空ヨリの正体を知っているんですか」
「実は私も葉空先生の本名を知らないのです。ずっとペンネームでやり取りしていましたから」
「そんなことができるんですか?」
「小説家と出版社は少し特殊なんですよ。私は葉空先生の本名は知りません」
 投稿者を見つけるために彼と協力はしたい。だけどヨリ先生が危うくなることは避けたい。秋吉さんは嘘を疑わず、わかりやすく肩を落とした。
「そうですか……」
「今日お誘いしたのは相談をしたかったからです」
「相談……?」
 秋吉さんが不思議そうに呟いたところで、アイスカフェオレが届いた。シロップをいれてストローでからからとかき混ぜる。
「芳賀さんを名乗る人物を探して、話をしたいと思っているんです。ですが手がかりがまったくないので、同級生だった秋吉さんに思い当たる人物がいないか伺おうと」
「なるほど。話というのは?」
「投稿をやめてもらうよう説得します。今までの投稿はいたずらだったと説明してもらえれば、悪い噂も落ち着きます」
「そう簡単にうまくいくかな」
「はい。どうしてこのようなことをするのか話を聞いて、こちらの思いを話せばわかってもらえると思います」
 明るい声で返したが、秋吉さんはため息をついた。
「まあ出版社が動くってことは金も出るか」
「……金? 峰島出版にとっても、葉空先生の炎上は大きな打撃になりますから、交通費などは出ると思いますが……」
「そういうことじゃなくて……いえ、なんでもありません」
 一瞬、空気が濁った気がした。けれど秋吉さんは爽やかな笑顔を浮かべ、次の質問を口にした。
「で、協力って何をすればいいんですか?」
「十五年前の芳賀穂乃花さんに関わることを教えてほしいんです。穂乃花さんに関係する人物が、今〝芳賀穂乃花〟を名乗っていると思っています」
「それはそうですね。穂乃花の自殺は当時たいしてニュースにもなりませんでしたし。関係者でしょうね」
「一番考えられるのは復讐だと思うのですが……あの小説に書かれていたことは事実なんですか?」
 秋吉さんは五秒ほど黙ってから控えめに頷いた。
「知ってると思うけど、Sは榎川小百合ですよ」
「榎川さんが穂乃花さんをいじめていたのも事実なんですか?」
「……はい。僕が原因みたいに言われていましたが、いじめには直接的には関わっていません。というか知らなかったんですよ。正直男って、女子同士のどろどろってわかんないから。……だから小百合が穂乃花をいじめてたことは知らなかったです」
 秋吉さんが眉間に皺を寄せる。
 たしかに女子のいじめには参加していなかったかもしれない。榎川さんは秋吉さんのことが好きだったわけだし、彼に隠していたのだろうか。
「穂乃花さんのご友人関係はわかりますか?」
「小百合たちと仲がよかったことしか知らないですね。部活とか、地元の友達は名前まで覚えてないな。男ってそんなもんですよ。というより、十五年も前ですよ? 十五年前の恋人の友人まで覚えていられますか?」
「それはそうかもしれないですね」
「穂乃花の家族にも会ったことないですしね。だから残念ですけど、今穂乃花を名乗って、僕たちの過去を語っている人には 心当たりがないんです。小百合たちに聞いた方が早いと思いますよ」
「そうでしたか。ちなみに榎川さんと今、関係はありますか?」
「まったくありませんよ。小百合とはすぐに別れたし、卒業してから一度も会っていません。今東京に住んでることすら知らなかった。というか、僕は高校卒業後すぐに上京して地元にも帰ってないから。誰の顔もうろ覚えなんです」
 秋吉さんはすらすらと答えた。
 秋吉さんは、いじめには加担していない。だけど発端は彼の浮気から始まった。
 そのわりに妙に他人ごとな様子が気になる。
「誰の顔も覚えてないってのもあるけど、葉空ヨリが誰か本当にわからないんです」
「でもラジオ局では、お知り合いのように見えましたが……」
「まあね」
 秋吉さんは歯切れの悪い返事をする。
「元クラスメイトだと知らずに親しくされていたのですか?」
 ラジオ局で見たときから、二人の関係は不思議だった。私の質問に秋吉さんは苦々しい顔になり三十秒ほど黙ったが、重い口を開いた。
「たまたまラジオ局で彼女と会ったんですよ、数ヵ月 前くらいに。市古高校の関係者だとも知らずに。それで二人で食事に行った」
「なぜ食事に行くことになったんですか?」
「……いや、普通に……声をかけただけです。食事に誘う理由なんて、大きなものはないですよ」
「つまり恋愛的な意味で気になっていたんですか?」
「別にそれだけが理由なわけじゃないけど……」
 秋吉さんは言葉を濁す。彼はこれから波に乗り始める俳優だから、恋愛スキャンダルに繋がる言葉は慎重にしたいのかもしれない。
「言っておくけど、三度食事をしただけでそれ以上の関係はないですよ」
 秋吉さんは言い訳をするように付け足した。
「とにかく、彼女は僕に市古高校出身だと明かすことはなかったんです」
「秋吉さんが元クラスメイトだと気づいていなかったとか?」
「そんなことあります?」
「秋吉さんも葉空先生のこと、気づかなかったじゃないですか」
「……彼女がクラスメイトでないのなら、僕にとってはいいですよ、気味が悪いので。無関係の人なのだとしたら炎上はお気の毒ですが」
「それなら三年二組に葉空先生はいなかったと、あなたからマスコミに言ってもらえませんか? 葉空先生への批判を少なくできます」
 秋吉さんは露骨に顔をしかめて、私をきつく睨んだ。
「僕にそんな余裕があるわけないでしょう! 自分の弁解をするだけで必死なんですよ。週刊イチイは何か記事にするだろうし、ああくそ……っ!」
 秋吉さんは突然声を荒らげた。爽やかな印象は一瞬で消えて、余裕もない。
「俺 だって穂乃花が死んでショックだったんだ! 彼女だったんだから当たり前だろ。それなのに十五年も経って……なんなんだよ」
 秋吉さんは私に向かって次々と言葉を吐き出した。目は血走っていて、あまりの権幕に言葉をなくす。
「俺は高校を卒業してからずっとこの道を目指していた……! 小さな舞台から始めて、ようやく……チャンスが回ってきたんだ……! 深夜ドラマでも主演を務めたら大きい。舞台で鍛えた演技力にも自信がある。この世界でチャンスが巡ってくるのがどれだけの確率かわかるか? それがこんな……十五年前のことで……! なんとか芳賀を見つけ出して、今回の件を訂正してもらってほしい。俺は過去の交友はわからないけど、連絡先を知ってる人間もいる。協力できることはするから!」
 秋吉さんは肩で息をしながら、私を睨んだ。重い空気が場を支配し、私は慎重に言葉を選んだ。
「……わかりました。投稿者を見つけたいのは私も同じです。過去の交友に関しては相談させてもらいます」
「俺の主演ドラマが決まったってときに……なんなんだ……悪いのは小百合たちなのに」
 秋吉さんはうつむきながら吐き出した。息を何度か吐き、落ち着きを取り戻したらしい。顔を上げて私に改めて問う。
「本当に葉空ヨリの正体を知らないんですか? たとえば、下の名前だけでもわかれば」
「知りません」
「それじゃあ、葉空ヨリが僕に近づいた理由はなんだと思いますか?」
「近づいたも何も、秋吉さんから誘ったのでは……?」
「そうなんだけど……彼女に罪をなすりつけられている気がするんだよ……葉空ヨリは、小百合と一緒に穂乃花をいじめていた千尋(ちひろ)か、亜美(あみ)じゃないかって思ってる」
 千尋も亜美も初めて聞いた名前だった。四人組の残りの二人かと訊ねてみれば秋吉さんは頷いた。
「葉空先生がどちらかだとして、なすりつけるとはどういうことですか?」
「僕は穂乃花の元彼です。ブレイクしはじめて世間から注目を浴びている旬の俳優ですよ。葉空ヨリはこの告発の矛先を僕に向けるために、僕に近づいたんじゃないですか……!?」
「秋吉さんが食事に誘ったのは数ヵ月前ですよね? その頃はまだ告発はありませんでした」
「ただ単に僕と仲良くしたかっただけだと思いますよ。親しくなったタイミングで、元クラスメイトだと驚かせようとしたのかもしれない。その矢先に今回の告発があった。葉空は僕と恋人になるよりも、僕に悪い注目を集めることを選んだんです」
 自分に都合のいい解釈を早口で並べる姿に、驚いて何も返せない。
 気持ちが少し表情に出てしまったのかもしれない。秋吉さんは少しムッとした口調で続ける。
「あの日。僕がラジオ局にいたのは、葉空ヨリと食事の約束をしていたからですよ」
「……あの日というのは、週刊イチイに撮られた日ですか?」
「そう、イチイに撮られる前週に食事の約束をした。そうだ、木曜日の夜。数日後に僕の卒アルが広まってきたことを知りました。そこで一連の騒動を知って驚きましたよ! 葉空が元クラスメイトなんて! それで慌てて葉空に連絡を取ったんです。三年二組にいたのかって。だけど電話も繋がらない。メッセージも返ってこない」
「だからラジオ局に来たのですか?」
「そりゃそうだよ! 約束してたし、連絡が繋がらないんだから! それで素直に局まで行ったら俺は週刊誌に写真を撮られる羽目になった! 週刊誌にスクープされたことで、SNSに疎い層にまで広がってしまったんだ……! 俺のファン層までな! そのうえ過去の写真 まで晒されて! どう考えても葉空の策略だろう!」
「秋吉さん落ち着いてください。周りの目もありますから……」
 秋吉さんは喋るたびにヒートアップしていく。カッとなりやすいタイプなんだろう。あのラジオ局の前でも切羽詰まった様子だった。
 それにしても、あの日ヨリ先生が秋吉さんと約束をしていた? ヨリ先生はそんなそぶりをまったく見せなかった。
 周りの目を気にしたのか、秋吉さんはきょろきょろと見回す。コーヒーを一口飲んで気持ちは少し治まったようだ。
「今回の騒動を僕に押し付けたいと思っているのは間違いないですよ。今回の食事を誘ってきたのは葉空です」
 先週の木曜日というと……ヨリ先生と中華ランチをして、ノベラブルで芳賀穂乃花の投稿が始まった日だ。
 だとすると、ヨリ先生は芳賀穂乃花の投稿事件を知っている。
「木曜日は騒動が始まった日ですから、葉空先生もまだ気づいていなかったのでは?」
「そうかもしれないけど……」
「葉空先生は誰かに罪を被せようとするような方ではありません」
「そうか? 俺や小百合が炎上させられてるのに、葉空はダンマリだけど?」
「葉空先生は身に覚えがないからです。やってもいないことを、公表する必要はありません」
「嘘、ついてるだけだろ」
 秋吉さんは私を見つめた。彼は真剣で、本気でヨリ先生を疑っている。
 ……どうして、ヨリ先生を疑うの?
 言葉を失った私を見て、秋吉さんは浅く笑った。
「まあ、いいですよ。そちらで投稿者を探してもらえるんですもんね。進展あったら教えてください。すみません、このあと予定があるんで」
「この騒動を止めたい気持ちは同じです。気づいたことがあれば連絡ください。私きっと投稿者と話をしてみせますから」
「……頑張って。―― 支払い、そっちの経費出ますよね?」
 私の返事を待つことなく、秋吉さんはカフェを出て行った。
 私はしばらく席を立てず、空になったコーヒーカップを見つめることしかできなった。


 自宅に帰り、シャワーを浴びると気持ちも落ち着く。
私は秋吉さんとの会話を整理することにした。
 結局、穂乃花さんと関係が深い人物はわからなかった。千尋と亜美という新しい名前は出てきたけれど、四人組の残りの二人でどちらかというと加害者がわ。復讐をしようと思っている人物には思えない。
 ――『葉空ヨリはこの告発の矛先を俺に向けるために、俺に近づいたんじゃないですか』
 秋吉さんの言葉が頭に浮かぶ。
 ヨリ先生が、自分に集まる批判の矛先を秋吉に変えようとしていた……?
 そんなことをヨリ先生がするわけがない。ヨリ先生はいつだって周りの人を一番に考えるタイプなんだから。今回の騒動だって、出版社にずっと気を遣ってばかりで自分のことは後回し。
 そんなヨリ先生が、自身が危ない立場にあったからといって、別の人を世間に差し出すわけがない。
「それよりも何、あの態度」
 爽やかな俳優の横暴な言動を思い出す。自分の浮気が発端で、彼女が死に至ったのにまるで他人ごとだった。地元で過ごした青春時代をすべて忘れ去っているみたいに。
「ううん。彼女が死んだ悲しみから忘れようとしたのかもしれない」
 人のことを悪く見てはだめ。一部分だけを見て判断してはいけない。ヨリ先生の小説が教えてくれたことを反芻する。
 人の過去に触れているのだから、怒らせてしまったのも当然だ。
 そう思うけれど……彼の叫びから感じられるのは穂乃花さんを失った悲しみではなく、自分の道が途絶えそうになることへの焦りだった。
 続いて編集長たちの顔が思い浮かぶ。自分たちの利益ばかり考える出版社や投稿サイト。ヨリ先生の前では親身な人々の本音。
 最近は気が重くなる場面ばかり見ている気がする。
 私はベッドに身体を預けた。自分の心を癒やそうとスマホを取り出す。
 SNSの検索窓に〝葉空ヨリ〟と打ち込んで、やめる。以前はこうして〝葉空ヨリ〟をサーチして、小説の感想やヨリ先生への好意的なコメントを読むのが一日の終わりの癒やしだった。
 今は、無関係な人たちの疑惑や批判の声が目に入ってきてしまう。
 誰からも好かれるはずのヨリ先生に対して、ノイズが入ってしまったようでますます気持ちが落ち込んでしまう。
 検索をやめて、自分のアカウントのタイムラインだけ見ることにした。七年前に作った個人のアカウント。ヨリ先生の作品についてつぶやいていたファンアカウントで、フォローしているのはヨリ先生の熱心なファンだけ。

【毎日アンチの声見て嫌になる。先生がいじめなんてしてるわけないじゃん】
【ヨリ先生の文章を読めばわかるのに。先生の人柄も、尊さも】
【ヨリさんの小説を読んだこともない人がヨリさんを語るな。読めばわかる。黙って読め】
【ヨリさまは命を救ってくれる人。命を奪う人じゃない】

 ヨリ先生を信じる言葉を見れば、速くなっていた鼓動が落ち着いてくる。
 そう。――私は、私が見てきたヨリ先生を信じればいい。
 ヨリ先生は清らかで美しい人だ。過去に後ろ暗い点などないし、秋吉さんに対して打算的なところもない。
 
 ゆっくり息を吐いて、もう一度タイムラインに目を向ける。

【信じたいけど、さらに証拠が出てきたらどうしよう。私はヨリさんのこと信じてもいいのかな】

 そんな投稿がタイムラインに紛れていた。私はつぶやいた人をブロックすると、スマホをベッドに投げて目を瞑った。もう眠ってしまいたかった。


 翌朝、私は出勤前に会社近くのカフェに向かった。塚原さんと山吹出版の担当編集と話すためだ。
 山吹出版の担当者は山本と名乗った。塚原さんと同世代くらいに見え、ベージュのスーツを着こなした外ハネボブの女性。丁寧な暮らし系の雑誌に登場してもおかしくない雰囲気をまとっている人だ。
「今日はお時間ありがとうございます! 今日を待ってたんですー! 上層部のいないところで、担当編集さんと話したくって!」
 山本さんは名刺を交換すると、ぱっと明るい笑顔を向けてくれた。私も他の出版社の担当編集と話がしたかった。上層部の人たちには立場もある。私と近しい人、同じ考えの人と気持ちをわかち合いたかった。
「私もお会いできて嬉しいです。よろしくお願いします」
「よし、じゃあ座りますか。山本さん久しぶりだね、元気そうでよかった」
 山本さんは席につくと困り果てた表情を作る。
「全然元気じゃないですよー。大変だったんです」
「山本さんは炎上後、連絡を取ったの?」
「いえ……そもそも葉空先生とうちはそんなに親密ではないんです。単著を出しているわけでもありませんし、二ヵ月に一度メールでコラムを受け取るだけで、打ち合わせもないんです。葉空先生は雑誌の読者が好みそうな小説を選んで、ご自身で撮影も行ってくれるので特にこちらからすることはありません。最近データを受け取ったばかりで、ちょうど連絡が途絶えている時期でした」
 どこの出版社でもヨリ先生は、完璧な仕事をしているらしい。誇らしくなり頬が緩む。
「葉空先生がSNSで疑惑を否定された日、出版社宛てにもメールが届きました。疑惑の否定と心配をかけたことの謝罪の内容です。完全に否定されちゃうと、こっちはそれ以上突っ込んで聞けないじゃないですか。こちらは気にしていないですよと受け入れる返信をしましたけど……」
 山本さんは口を尖らせて言葉を切り、塚原さんが明るく同意する。
「本当は事実なんじゃないですか?なんて聞けないからなあ」
「ですです。葉空先生は否定しましたけど……炎上は続いているどころか、ますます燃えてますし……。でもこちらから、じゃあ打ち切りで、とも言えないじゃないですか。とりあえず静観しつつって感じですけど……」
「こっちから打ち切りとは言えないけど、実際こうなったらもう今まで通りってわけにはいかないよな」
 山本さんは隠すことなく不満をあらわにした。厄介なことをしてくれた、というのが言動からにじみ出ている。塚原さんも軽い口調で同意していて、そんな二人の言動にストローを持つ手が固まる。
「でも、葉空先生はいじめなんてしていないんですよ!?」
 思わず会話に割り込むと、二人は憐れむような目で私を見た。
「まあ、そうなんだけど……もうここまできたら本当か嘘か、そういう問題じゃなくなってるからな」
「ですよね。こういうイメージって一回ついたらぬぐえませんし。うちの読者からしても、一番嫌われるタイプなんですよ、こういう疑惑って」
 私は目の前が暗くなる気持ちで二人の軽い会話を聞いた。
 ヨリ先生を切り捨てようとしているのは上層部だけなのだと思っていた。
 だけど、違った。作家を一番信じなくてはいけない担当編集者ですら、こうなの……?
「山本さんは葉空先生を信じていないんですか……?」
「えぇと……すみません。そういうわけではないんです。ただ、うちの読者に対するイメージの問題で……」
「そうそう。俺も山本さんもいじめをしてないとは信じてるよ。な?」
「もちろんです」
 塚原さんが場を取りなすように声を張り上げると、山本さんも頷いた。
「すみません。ですよね……」
 私が謝ると、山本さんは笑顔を返してくれた。
「さゆぐらしの刊行中止、痛いんですよね。もう写真撮影もすべて終わらせていて、ほとんどの作業が終了するところだったんですよぉ。二年くらいかかったんですよ、この企画……でも厳しいかもしれないってかんじですねぇ」
「うわあ、それで大変だったのかー。二年ってきつい」
「葉空先生の炎上がこんなに飛び火すると思ってなかったですよ」
「山本さんどっちも担当なんてついてないね」
「こんな奇跡いりませんて。榎川さんもかなり滅入っていてかわいそうですし」
 二人が会話に戻り、私はコーヒーを飲んで気持ちを立て直す。
「結局Sは榎川さんなわけ?」
「……ここだけの話ですけど、そうみたいです。でも、いじめまでひどくはなかったみたいですよ。秋吉さんと付き合っていたのは本当らしいのですが、彼女は二股の事実も知らなくて。そりゃ自分の彼が他の女と親しくしてたら、嫉妬もするしちょっとは冷たく接しちゃいますよね」
 山本さんは声のボリュームを落とした。
「まあねえ。榎川さんの対応は?」
「今は噂ですし、スルーしているみたいです。コメント欄は荒れてるみたいですけど、かまうと余計に燃えますからね」
 榎川さんもいじめには関わっていない。
 ではどうして穂乃花さんは死を選んだのか。
 やはり過去を知る必要がある。きっと何か思い違いがあるんだ。
「山本さん、榎川さんにお会いする機会があれば私の名刺を渡していただけませんか」
 私はもう一枚名刺を取り出すと、山本さんの前に置いた。
 担当編集でもヨリ先生を信じていない人がいる。それなら、私が証明するしかない。
「私、芳賀穂乃花を見つけようと思っているんです」
「えっ?」
 山本さんは目を丸くした。隣に座っている塚原さんの視線も感じる。
「正確には芳賀穂乃花を名乗っている人物です。この炎上を止めるには、その人を探して話し合うしかありません」
「そんなことができるんですか」
「わかりません。ですが、その方と話し合って納得してもらえたら、今までの投稿はでまかせだと言ってもらうことはできます。たとえば今投稿している小説の最後に『これは全部嘘でした、皆さん騙されましたね』とでも書いてくれたら、否定はできます。さゆぐらしも刊行できるんじゃないですか?」
「それができたら一番いいですけど」
「実は私、秋吉さんにも会ってきたんです」
「えっ!」
 驚愕の声を漏らしたのは山本さんではなく隣の塚原さんだ。気にせずに私は話を続ける。
「秋吉さんをご存知ですか? 榎川さんと同じく話題に上がっている方です。芳賀穂乃花を名乗っている人物は、十五年前に亡くなった穂乃花さんの関係者の可能性が高いです。秋吉さんは、交友関係はわからないようで……榎川さんは穂乃花さんと親しかったし事情を知っているかもしれないとおっしゃっていました。お力になれることがあると思います。私の名刺だけでも渡してもらえませんか」
「……そうですね。わかりました」
 山本さんは素直に私の名刺を受け取ったあと、呟いた。
「私一つ気になるんです。葉空先生と榎川さんがどちらも私の担当というのは偶然なのでしょうか」
「ヨリ先生と榎川さんは会ったことはありますか?」
「ありません」
「どちらかに担当だと話したことはありますか?」
「榎川さんには話したかもしれません。葉空先生のコラムを楽しみにされていたので、実は私が担当なんですよ、くらいは。でも葉空先生には榎川さんのことは話していませんね。葉空先生とは事務的な話しかしませんから」
 その後の山本さんはたくさんの愚痴を並べ、塚原さんが受け止め続けてくれた。
 山吹出版も世間の目を一番気にしているようだ。リスクを考えて大ごとになる前にヨリ先生を切り捨てたいと思っているのが本音だった。
 カフェを出て山本さんと別れ、会社まで歩く道すがら塚原さんに不満をぶつける。
「山本さん、全然ヨリ先生のことを心配していないですね。がっかりしました」
「んー、山本さんはぶっちゃけすぎだけど、多かれ少なかれどこも本音はあれだと思うよ」
 塚原さんは笑って話題を流そうとする。塚原さんはさっき山本さんに同意していた。私は彼の真意を確かめるべく立ち止まる。
「塚原さんも山本さんと同じこと、思ってますか? さっき言ってたこと、本音ですか」
 塚原さんも足を止めて振り返る。少しだけ驚いた顔をしていた。
「俺は……そうだなあ。ヨリ先生の人柄は素敵だと思うし、信頼できる作家さんだと思うよ。優しいし、いじめなんてしているようには思えない。だけど過去はわからないからなんとも言えない」
「塚原さんってヨリ先生の本全部読んでます?」
 思わず、刺々しい言葉を漏らしてしまった。
 どうしてここまで他人ごとでいられるの? ヨリ先生と六年も一緒に歩んできたんじゃないの?
「んー、自分が担当しているものはね」
「他社のは読んでないんですか!?」
「ヨリ先生だけが、俺の担当じゃないからね」
 塚原さんは苦笑いを浮かべて、話題から逃れようとする。
「ヨリ先生がいじめをしてたと思ってるんですか 」
「ヨリ先生はいじめられた人をたくさん救っているとは思うよ」
 塚原さんは私の質問にはっきりと答えてくれない。
「だけど過去はわからない。そう言いたいんですか?」
 塚原さんは笑顔で濁すだけ。私は拳を握りしめ、言葉を続けた。
「ヨリ先生の作品をすべて読んでいたらそんな発想にならないと思います! 担当編集がヨリ先生を信じないでどうするんですか。お互いを信じて向き合うことでいい作品が生まれるんじゃないですか?」
 息を大きく吐く。道行く人が私たちを不思議な目で見ているのがわかった。
「まきちゃん。――ヨリ先生の小説とヨリ先生は別だよ」
 塚原さんの声は冷静だった。
「人を殺す話を書いているからって殺人犯じゃないだろ」
「…………」
「まきちゃんがヨリ先生に憧れてるのは知ってる。でも、んー、そうだなあ」
 塚原さんは言葉を慎重に選びながら、歩き始めた。
「でも今ヨリ先生はしんどいと思うから、そうやって心から信じてる人がいてもいいのかもな」
「根津編集長もいざとなったらヨリ先生を切り捨てますよね」
「切り捨てるって言い方はアレだけど、世間が落ち着くまで刊行は控えるとかはあるかもね」
 はっきりしないうわべの優しさを並べて塚原さんは笑顔を作る。
「まきちゃんは純粋だなー。俺にはない眩しさ。そういうのに救わることもあるよな! ヨリ先生にとってまきちゃんは光だよ」
 塚原さんは冗談を言うような口調で肩を叩いた。
 なだめられていることがわかる。どうしてわかってくれないんだろう。
 ちゃんと腹を割って話し合いたいのに、塚原さんはそれをのらりくらりとかわす。
「ところで、秋吉と会ったのって本当?」
 話は終わったとばかりに塚原さんは話題を変えた。
「……はい、昨夜会ってきました」
「編集長に許可も取ってないんだろ? それにさっきの芳賀を探すって……あまり深入りしない方がいいよ」
「なぜですか」
「なぜって、何度も言うけどまきちゃんの担当はヨリ先生だけじゃないから」
「大丈夫です。今そこまで業務は立て込んでないです」
 塚原さんは大きくため息をつく。
「そういう問題じゃないけど……それにどうやって秋吉と知り合ったの?」
「峰島文庫の公式アカウントからDMを送ってみました」
「勝手にそんなことして……」
「大丈夫です。公式アカウントの運用は私に任されていますし、メッセージはきちんと削除しましたから」
「だからそういう問題じゃないけど……まあいいや。もし関係者と会うなら今度は俺も誘って。追い詰められてる人と二人で会うなんて危険だし」
 塚原さんは私のことをずっと心配してくれている。それはわかる。私の立場が悪くならないように言っているのだと。
 だけど、もっとヨリ先生のことも信じてほしい。わかろうとしてほしい。
 うまく言葉にできなくて、私は小さく頷くことしかできなかった。
『ヨリ先生にとってまきちゃんは光だよ』
 塚原さんの言葉を心に刻む。私はヨリ先生を信じている。投稿者を探して、ヨリ先生の無実を証明する。みんなにもヨリ先生のことをわかってもらうために。


 翌日の土曜日は、週刊イチイの発売日だった。雑誌とオンラインの記事で、大きく芳賀穂乃花の件が報じられた。