「これ以上、僕たちに隠してることはないですよね」
「は、はい」
的場が水戸に責められている。なかなか見ない光景だ。的場が俺たちに助けを求める仕草をしているが、見ないふりをした。この間俺たちを振り回した分の仕返しだ。
水戸がこれほど人と近くに接することはあまり見ない。校内で友人と一緒にいる場面を見かけたとしても、一定の距離があるように思う。
的場とは妹の夏葉を助けてもらって以来交流が続いているそうだ。夏葉が的場に懐いているらしい。
「この間のワークショップに関しては、高瀬先輩も同罪ですけどね」
水戸の標的が雪哉に変わる。この間のワークショップとは的場が賞を受賞し、その作品がショーの一部でお披露目されるというものだ。いきなりの発表で俺と葉月と水戸が驚いたのは言うまでもない。
「それは、すみません」
「ああいう、大切なことは前もっていってください。心臓に悪すぎます」
そうですよね、葉月先輩、佐倉先輩と同意を求めてくる。
「うん、確かにそうだね」
俺たちがそう答えると、満足そうにしてその場にあった椅子に腰掛けた。
雪哉も的場もタジタジだ。末っ子強し。
水戸の怒りがおさまったところで、それじゃあ、と雪哉が仕切り直す。
「先日のワークショップに参加して、みんな何かいい案は浮かんだかな」
すかさず俺は反応した。
「この間高瀬先輩が言っていたように、手芸のワークショップを、文化祭に来てくれた方と交流をしながらするのがいいと思いました」
俺の意見に葉月が付け足す。
「それと俺たちが参加したみたいに一つのワークショップだけじゃなくて、いくつか種類があるものがいいと思います」
「僕も先輩方の意見に賛成です。それに何か体験をすることができるとなれば、一定数の方が興味を示しやすくなるんじゃないでしょうか」
「俺も、賛成。誰かと話したりするの嫌いじゃないし」
それぞれの意見を言い、共通していたのはワークショップを開催したいという想いだった。
各ワークショップに参加したことで、思うところがあったらしい。雪哉の提案がより具体的に想像できるようになったのも、一つの要因だろう。
「うん、俺も前意見を出した通り賛成かな。今までとはまた違った手芸部の新たな一面を知ってもらう機会にもなるだろうしね」
そうして、大盛況の暁には手芸部の部費も上がるかもしれない、と呟く。雪哉は相当現在割り当てられている部費に不満があるらしい。
「あと、それに加えてやりたいことがあんだけど」
「的場、どうぞ」
「ファッションショーをやりたい」
この前のワークショップで見たショーみたいなことをやりたいということか。
「ファッションショーね。具体的には?」
「俺たち全員で衣装をデザインするんだ。その場合俺が教えられるとことは教える」
「文化祭までの期間を考えたらできないこともないけど、ショーで歩くモデルはどうするの?」
「モデルはさ、ここに居んじゃん」
椅子から立ち上がった的場は、葉月の肩を叩き、続いて雪哉の肩を叩いた。
「俺たちがやるんだよ」
「は?」
選ばれた雪哉はきょとんとした顔をしている。今日の葉月はヘアピンをしていないため表情が見えない。雰囲気でしかわからないが、おそらく同じような顔をしているだろう。
「だってさ、学校一親切で爽やかイケメンとして知られている高瀬と、モデル並みにスタイルがよくて隠れイケメンの葉月、そして俺。ファッションショーにはもってこいだろ?」
雪哉と葉月はともかく、自分もモデルとして挙げてしまう的場にはさすがとしか言いようがない。そして違うだろと言えない、スタイルとルックスをしているのがもどかしい。
「大丈夫、俺が責任持ってショーはやるからさ」
自信満々に的場は言ってみせた。確かにいい案だと思う。文化祭で最優秀賞を取るにはワークショップとそのくらいのインパクトある催しが必要だ。
だが、雪哉はすぐには賛成しなかった。
「いいとは思うけど……」
雪哉が一瞬俺に視線を移した。モデルとして、採用されなかった俺と水戸を除け者にしていないか気にしているのか。責任感が強いのも大変だ。
「俺もいいと思います。三人がステージに立ったら映えると思いますし」
「僕もそう思います」
水戸も賛成の意見を出す。その様子を見て雪哉が胸を撫で下ろした。
「じゃあ、決定ってことで」
「待て、葉月の意見をまだ聞いてないだろ」
雪哉の言葉で葉月に注目が集まる。
「俺は……」
葛藤しているのだろう。しばらく沈黙が続いた。
「別に今すぐ決めなくてもいい、ゆっくり考えて欲しい」
葉月が俺の方を向いてきた、なんだろう首を傾げていると視線がずれる。
俺の次に的場を見て、水戸を見て、最後に雪哉を見た。
「……やります」
「まじかよ、そう来なくっちゃな!」
嬉しかったのか、的場が葉月の肩を組む。
「いいのか、葉月。目立つのは得意じゃないと思っていたんだけど」
「大丈夫です。こんな機会滅多にないですし」
「葉月がそう思ってるなら問題ないよ。一通り決まったところで今日は終わりにしようか」
部活はこれで解散となり、雪哉は生徒会に文化祭で手芸部の出店内容が決まったことを報告しに行った。
生徒会からの審査が通ったのはそれから何日か経った後だった。
***
全身が温かいものに包まれて、ふわふわとした感覚の中にある。周囲を見渡してみても何もなくて、不安感を覚える前にこのままでもいいかと思えた。
何もせずに、時間が過ぎていくなら、疲れたり傷ついたりしなくて済むならそれでいいいじゃないか。何か不満があるか。
寝転がりながら、ぼんやりと手を眺める。ぎゅっと握ってみても、開いてみても何か起こるわけじゃない。
でも今俺の手にあいつの手が繋がれていたら、ここに一人でいるよりも幸せになれるのかな。
「……佐倉、佐倉起きなさい!」
肩を揺さぶられる感覚で、重たい瞼をこじ開けた。
「授業中に寝るな、後で職員室に課題を取りに来なさい」
授業中に居眠りをしたペナリティらしい。周囲からはくすくすとわらい声がする。
「わかりました」
返事をすると教師は満足したらしく、黒板の前に戻って授業を再開した。教師も大変だ。俺みたい生徒も気にかけないといけない。面倒だからと放っておくこともできないのだ。
授業後、先生に言われた通りに課題を取りに行こうとすると隣の席に座っている、高橋から声をかけられる。
「大変だな、わざわざ職員室まで取りに行かないといけないなんて」
「俺が居眠りしてたからな、しょうがないと思っておくよ」
「真面目だな」
「うるせえよ」
悪態をつきつつ、教室を出る。移動教室があるからか、廊下は行き交う生徒で混雑してる。俺も例に漏れずにその波に揉まれていた。
すると一人の生徒にぶつかってしまう。
「すみません」
「こちらこそ。……佐倉くん?」
「葉月?」
見上げると、驚いた様子の葉月が立っていた。
「葉月は移動教室?」
「うん、佐倉くんも?」
「いや、俺は居眠りしてたから課題を取りに行かないと」
「居眠り?」
好きな人に居眠りがバレてしまうのは恥ずかしい。何がなんでも隠したいものではないけれど、できれば知られたくなかった。
「そっか、疲れているのかな。ちゃんと夜は休んでね」
そう言って俺の頭に少し触れた後、葉月は行ってしまった。触れられた部分が熱を持っている気がする。気遣いの言葉が胸にスッと入ってくる。ずるいな、そんな言葉は。ほんの少し言葉を交わしただけなのに、今日はいい日だと思ってしまう。
少し足取りが軽くなるのを感じながら、職員室まで向かった。