「違うよ。いや確かにコサージュを交換したけど、告白とかじゃない」

 変に誤魔化すのはやめろよ。

 もういい。これ以上慰めないでくれ。余計に傷つくだけだから。

「もういいよ」

「よくないよ」

 葉月が近くまでやってくる。俺はそれに対して背を向けた。形勢逆転だ。

「あれは、先輩に頼まれてやったんだ」

「え?」

 俺が見たのは、先輩が葉月にコサージュを使って協力して欲しいとお願いをして欲しいと頼んでいる場面だったようだ。

 先輩は彼氏と喧嘩中で、お互い一歩も引かないまま一ヶ月が経過しようとしているらしい。先輩はこの状況を打開するために、葉月にコサージュを貸して欲しいと頼んだそうだ。

 彼氏は先輩と同級生なので、他学年のコサージュを彼女がつけていたらとても驚くだろう。

 だが、葉月は好きな人がいるからと言って断ろうとしたらしい。しかし、それでもいい、すぐに返すからと言われと断ることができずに貸したよのだ。

 幸い、本当にコサージュをすぐに返却してもらい今持っているのは、俺たちの学年が持つ色のコサージュだ。

 衣装のポケットからコサージュを取り出す。少し花弁がとれているが、確かに生徒会から配られたものだ。

 葉月が言っていたことは本当だったようだ。それではどうして、俺にキスした後謝ってきたのだろう。

 てっきり、彼女がいるにも関わらず男とキスをしてしまった罪悪感によるものだと考えていたが違ったらしい。

「じゃあ、なんで謝ってきたんだよ」

「それは……」

 言い淀んでいる。ここまできたならさっさと言えばいい。

「佐倉くんこそ、どうして俺を見ながら泣きそうになっていたの」

 質問返し。葉月は俺を真っ直ぐ見つめている。ここではぐらかせば、どうして言えないのかと争いを生んでしまう。

 元から、葉月にコサージュの交換を頼むつもりだった。それが今になっただけのこと。勇気をだせよ。

 震える手も足も、怯える心を必死に鼓舞する。

「……お前が、葉月景が好きだから泣いていた」

 言った、言ってしまった。どんな反応をしているだろう。驚いているだろうな、呆気に取られているかもしれない。

 もし、こちらを嫌悪するような表情で見ていたとしたら。

 きっと心が折れてしまう。

 うつむいたまま、葉月の方を見れずにいいる。

「本当?」

「本当だ」

「冗談とかじゃ、ないよね」

「こんな状況で言わねえよ」

「……もう一回俺のこと好きだって言ってくれる?」

 下を向いた視線の先にある葉月の手が小刻みに震えている。

  こいつも俺と一緒で怖いんだ。だから怯えている。

 大切なもの失ったり、否定されたりするのはあまりにも切なくて苦しいから。

 俺は葉月の手の先を両手で持って、上に持ち上げる。

 視線が上がる。胸元、首、唇、そして目が合った。

 不安げに揺れる瞳。きっと俺も同じような目をしている。

 勇気を出そう。好きな人を好きだと言う力を振り絞る。

 手の甲に口付けた。

「俺は、葉月景が好きだ」

 その瞬間、葉月の目から大粒の涙がこぼれる。拭っても、溢れてきてキリがない。

 そのうち俺の背中に腕を回し、抱きしめてきた。優しいハグだ。俺が拒否をすれば簡単に解けてしまう両腕。これは葉月の優しさだ。

 こんな風に、俺の気持ちを優先してくれる優しさを持った人を好きになった。

 俺も葉月の背中に腕を回して、抱きしめた。葉月の優しいハグではなく、ぎゅっと縛り付けるように力をいれる。

 好きだよ、葉月も同じ気持ちだったら嬉しい。そんな願いを込めて。

 数分後、鼻水を啜る音が聞こえなくなってから、ゆっくりと体を離していく。

「泣き止んだ?」

「うん」

「じゃあ、聞いてもいいですか?」

 問いに、葉月は困惑した顔をする。

「葉月景さん。俺はあなたが好きです。俺と付き合ってくれますか」

「……はい」

 また涙が出てきていたけれど、悲しいものじゃない嬉しさによるものだと知っている。

 俺はまた溢れてくる涙を拭った。

***

「それで、なんでキスした後にあんなに謝ってきたんだよ」

「笑わない?」

「笑わない」

「……高瀬先輩と佐倉くんが付き合ってるって思ってたんだ」

 前言撤回なんだって?

「俺と雪哉くんが付き合ってる?」

「笑わないって約束したでしょ」

「ごめんそれは無理だったわ」

「だから言いたくなかったのに」

 だって面白すぎる。確かに俺と雪哉は仲がいいと思う。幼なじみで、大切な友達だ。

「俺たち幼なじみだから。小さい時から下の名前で呼んでたせいで咄嗟に出たんだよ」

「俺はそれで勘違いして、二人が付き合ってるもんだと思って勝手に落ち込んでた」

 この様子を見れば、本気だっていうことがわかる。

「ごめん、ごめん。たくさん悩んだんだよな」

「その謎の年上ムーブ嫌だ」

「今は拗ねてる子どもの面倒を見ていますからね」

「意地悪だ」

 その瞬間頬に温かいものがふれた。

「好きだよ、佐倉真斗くん」

 いたずらっ子のような顔でこちらを見ている。

 俺だってどんなにメイクが崩れていても、泣きすぎて真っ赤になっている目元も全部好きだよ。

「俺も好き」

 ひと段落して戻った後、待っていた雪哉、的場、水戸からまとめて大目玉を食らったことは言うまでもない。

「佐倉くん、今更だけどさコサージュ交換しようよ」

「いいけど……」

 俺はポケットからコサージュを取り出す。手間取っているようだ。

 俺は背伸びをして、葉月の頬にキスをする。

「俺のことは名前で呼べよ、景」

 景は耳まで真っ赤にして頷いていた。