何が起こっていた。理解が追いつかない。
俺は裏庭で休んでいて、その間に女の子と葉月がやってきた。告白されていて、好きな人がいるって言ってて、それなのにコサージュを交換していた。
意味がわからない。
ただ一つ理解できることは葉月はもうコサージュを交換してしまったと言う事実だけ。
「はは、そうか」
葉月は好きな人がいると言っていた。もうその時点で俺は詰んでいる。好きな人がいる状況で俺とコサージュを交換してくれるわけがない。
俺の恋は叶うことはない。あいつには想い人がいて、その相手は俺じゃない。それだけの話。簡単だ。
俺たちが結ばれることはない。
なんとなく、わかっていだろう。そもそも俺は男で、葉月も男でその時点で両想いになるのは奇跡だ。
こうなることはわかっていた、わかっていた。けれど、
「苦しい」
心臓が締め付けられる。抉られるような痛みだ。俺はもうあの人に恋愛的な面で好きになってもらうことはない。
目尻から涙が溢れてくる。止めようと意識していないと、全てが溢れ出してきそうだ。歯を食いしばって力を抜く。
泣くのは後からでも遅くはない。今は手芸部のショーを見に行こう。
膝に手を置いてなんとか立ち上がる。
胸は痛くて苦しいけれど、見ないふりをして体育館へ向かった。
***
ファッションショーは、葉月、雪哉、的場の三人に加えて二人の生徒が歩くことになっていた。二人の生徒は的場の知り合いで、女性のモデルがいないことを相談したら快く引き受けてくれたそうだ。本当に感謝しかない。
的場は、今回ファションショーをするために合計五着の服を作ったことになる。試作品を合わせたらもっと多くなるのか。決して長いとは言えない期間の中で完成させるのは大変だっただろう。その熱意には感嘆せざるを得ない。
俺は体育館で水戸と合流をし、ショーが始まるのを待った。
これから始まるのは、的場と雪哉と葉月が作り上げる、最高のステージ。的場が言っていた、作り手の思いが伝わる作品だ。
体育館にアナウンスが響いた。スポットライトが当たる。一番手として出てきたのは雪哉だった。
かっちりとしたスーツ姿で登場し、観客を魅了する。いつも爽やかな学園の王子様が、急に大人の魅力を発しながら登場したら、誰もが虜になるだろう。
その次は、的場がモデルをお願いした先輩が歩いてきた。校内では美人と有名な先輩だ。校内でも顔が広いのか。
その次に登場したのは的場だった。いかにも自分ワールド全開といった雰囲気で、いつものチャラチャラとした雰囲気に加えて、大人に魅力が備わっている。
自分が似合うものをちゃんと知っている。そんな感じだ。
その次はまた女性のモデルだった。そして俺はその先輩に見覚えがあった。単に校内で有名だからと言うわけではない。
裏庭で葉月に告白していた。あの人だ。
スポットライトに照らされて、堂々と歩く姿は綺麗だと言わざるを得ない。
服から出たスラリと伸びた手足。葉月がその隣に並んでいることを想像するとお似合いだと思ってしまう。
男の俺なんかよりもよっぽどだ。
うつむいていないと涙が出てきそうで、歯を食いしばりながら下を向いていた。
最後は葉月の出番だ。どうしてもその姿を見たくて、涙を堪えながらステージに視線を戻した。
葉月がステージに上がってスポットライトを浴びた途端、観客たちが息を呑んだのがわかった。
真っ白な服にはいくつものレースが取り付けられている。葉月が歩けばそれがなびいて、表情を変えた。何よりも注目を浴びたのは、葉月の容姿だ。
いつもは長い前髪で顔を覆ってしまてっているため、ほとんどの生徒はあのモデルが葉月であることに気づかない。
その証拠に、俺たちの近くにいた生徒たちが、あの人は誰だと噂していた。
他のモデルたちは全身白のコーディネートだったけれど葉月の衣装は少し違っていた。
腰にあるベルト付近に、ピンク色のレースのようなものが付けられている。
……あれは、俺が水戸に勧められて編みぐるみの代わりに作ったものだった。葉月が持っているなんて、部室の隅に試供品として置いておいたはずだ。
真っ直ぐ前を向いて歩いていた葉月は俺たちがいる付近に来た時に止まった。
何か異常があるのかと思って周りを見ても何も起こっていない。
ステージ袖では、焦った様子の的場が手招きしているのが見えた。
早く戻れよ。
目配せするも、伝わっていないようで葉月はその場で立ったままだ。観客を少しざわつき始めている。
すると葉月の唇が少し動いた。読み取れずに目を凝らした。
また葉月が口を動かす。
『泣いてるの』
泣いてるの?俺が。確かにそうだ、そんなに見苦しいものだったのか。袖口で涙を拭う。
そんな時周囲から悲鳴が上がった。その状況が把握できずにいると、右手を引かれる。
「佐倉くん、泣いてるの」
さっきは口パクだったのが、今度は頭上で聞こえた。
見上げると葉月の顔が目の前にある。好きな人の顔が目の前にある衝撃に耐えられず、俺は目を逸らした。
ただでさえ美の暴力を放っているんだ。
「ごめんね」
そう言われて気づいたら、葉月の顔が目の前にあった。そこに距離はない。
突然の出来事に瞬きをすることもできない。顔を葉月の両手で包み込まれる。
声にならない悲鳴が上がった。
「ごめん」
また、謝りながら葉月は俺を持ち上げる。
「首に捕まって」
言われるがままに腕を首に巻き付ける。俺が掴まったことを確認してから、葉月は歩き始めた。
どうしてこんなことをするんだ。何かあったのか。聞きたいことは山ほどあるのに一つも聞くことができなかった。
好きな人がいるんだろ。コサージュを交換していたじゃないか。
それを聞いてしまえば、葉月は俺を抱き上げるのをやめてしまう気がする。
ならせめて今だけは、近くにいさせて。
恥ずかしげもなく、葉月の首筋に顔を埋めた。
***
連れてこられたのは、一般生徒以外は立ち入り禁止の教室だった。この時間帯であれば生徒が教室にいることはない。各クラスや部活の出店を見て回っているからだ。
到着してすぐに葉月は俺を降ろした。手つきが丁寧で、自分が大切にされていると勘違いしそうになる。
好きな人がいるんだろ、もしも見られて勘違いされたらどうするんだ。
ああでもたくさんの人がいる前でキスをしたんだから今更か。
そっと唇に触れる。本当にキスしたんだな。感覚がまだ唇に残ってる。
「ごめん」
葉月は俺と少し距離をとって立っている。さっきは自分から目を合わせてきたのに、今になって俺を拒んでいる。
「どうして、さっき俺にキスしたんだ?」
「……ごめん」
「ここへ連れてきたのは?」
「ごめん」
「俺が編んだやつを腰につけているは、どうしてか教えろよ!」
俺が大声で言うと、今までのどんな返事よりも小さくごめんと言った。
その声は涙に濡れている。
顔を見なくてもわかった。肩を揺らして泣いている。でもその肩をさすりながら、慰めるのは俺の役目じゃない。
泣くくらいならキスなんてするなよ。
後悔して泣くくらいなら、初めからするな。嬉しくて舞い上がっていた俺が馬鹿みたいだろ。
「お前、先輩とコサージュ交換してたよな。今体育館に戻れば、誤解解けるんじゃねえの」
「え……」
たとえその場で誤解が解けなくとも、言葉を尽くせばいい。お前の良さを知っている人ならきっと理解してくれる。
そうだ、あれは俺たちの中で流行っている悪ノリの一種だとでも言えばいい。男同士のキスなら無かったことにしてくれるだろ。
「どういうこと」
「裏庭で先輩と話してたじゃん」
こんなこと言わせんな。言えば言うほど自分が惨めになる。俺はお前のことが好きだよ、あの先輩よりもずっと。
でも、君が選んだのは俺じゃない。